8•裏町
スーザンとエシーは昼から呑み続けて、そのまま夕方になる。それぞれの支払いを済ませたあとで、裏町の立ち呑み屋、ギルバート・オーウェン・ハウスへと向かう。
日も落ちて薄闇の中、街路樹がオレンジ色に光っている。朧な光の靄をまとった街の木々は、レジェンダリー王国名物である。
灯火の魔法で木を丸ごと包み込む。王宮にある担当部署から、正確に全国津々浦々、全ての街路樹に魔法が送信されるのだ。お陰で国民は安全に夜歩きが出来る。
裏町の細い路地には街路樹がない。木を植えるスペースがないからだ。そのため、裏町は暗い。暗闇に紛れた犯罪も起こる。そうしたことの取り締まりは、王宮騎士団の市中巡回部隊が行なっていた。魔法犯罪も行われるため、巡回騎士は武芸も魔法も得意な模範騎士が多い。
「エシーじゃねえか!デート?」
ギルバート・オーウェン・ハウスに向かう道すがら、2人組みの巡回騎士に行きあう。1人はエシーの知り合いらしい。
「故郷の友達。飛竜投擲部隊のスーザンだ」
「どうも。スーザンです」
「なんだ、長槍卿デイヴィスの彼女か」
スーザンから殺気が溢れる。
「え、なに?」
巡回騎士がたじろぐ。
「それさ。あいつの妄想だった」
「は?」
「だけど、幼馴染の俺ですら知らねえネタ押さえててやべえよ」
「ん?」
「子供の頃こいつがやらかした話まで詳しくてさ」
エシーの説明を聞いて、巡回騎士は顔を顰める。
「妄想じゃねえじゃん。焼き餅かよ」
「違うっす!そんなやつ、ほんとに知らないんす!怖すぎるから、いま調べてんす」
「え」
スーザンの必死の訴えに巡回騎士は固まった。
「丁度いい、ゲイリーも協力してくれ」
「え?俺今勤務中」
ゲイリーと呼ばれた巡回騎士は、明らかに迷惑そうな顔をする。だがエシーは食い下がる。
「あいつの故郷のこととか、交友関係とか、何でもいいから教えてくれよ」
「んー?あんま仲良くねえし?」
「思い出したらでいいからさ」
「思い出したらな」
「助かるぜ」
「あんま期待すんなよ?」
「ああ」
ゲイリーは相棒と共に巡回に戻ってゆく。
「仲良くない人にまで伝わってんの、こまる」
スーザンは顔を引き攣らせる。
「王族との縁談が出てんのに、最悪だな」
エシーが共感して眉を寄せる。そのまま2人は黙ってギルバート・オーウェン・ハウスを目指す。
早い時間から日の射さない裏町は、じめじめとして黴臭い。ゴミこそ落ちていないが、表通りほどの清潔さが保たれるのは難しいようだ。清掃にもお金がかかる。裏町の住人や商店には、そこまでの余裕がないのだ。せいぜい自分の家の前を掃除する程度なのである。
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