70•ふたりの擲竜騎士
フィリップとスーザンは、結婚の挨拶をしに先王の病室を訪れる。この人はリチャードの師匠であり、現代魔法技術の礎となった1人だった。
今は老衰で寝たきりの身の上。孫と婚約者を迎えて、薄く目を開いた。
「おじいさま。フィリップです」
祖父の唇が微かに動く。声は出ない。
「妃となるスーザンです」
フィリップに紹介されて、スーザンはお辞儀した。先王の目尻が下がる。スーザンのことは、リチャードからもフィリップからもよく聞いていた。10歳の頃からの逸話を知っていたので、初めて会う気はしなかった。
「よろしくお願い致します」
さすがのスーザンも、リチャードに言い含められたのかまともな挨拶をした。フィリップはスーザンの肩を静かに抱くと、先王に決意を述べる。
「擲竜の仕事はまだまだ無くならないですが、2人で力を合わせて安全なレジェンダリー王国を築きます」
老王は満足げにこけた頬を緩めると再び目を閉じた。すぐに平和な寝息を立て始める。
病室を後にした2人は、夕暮れの庭園を歩いていた。このあと王家とリチャードと、そしてスーザンの実家レザーカット家の両親を交えて夕食会がある。それまでの僅かな間を2人で過ごすことにしたのだ。
「こんなに静かに過ごせるの、初めてかな」
「そっすね、デートも結局呼び出しで中断ばかりだったし」
2人はゴルドフォーク遠征で活躍したため、これまで以上に忙しくなっていた。さまざまな地方からの協力依頼を受けていたのだ。
レジェンダリー王国王宮騎士団には、正規の手続きだと間に合わないような、首都から遠い場所への対応部署が新たに設置されていた。フィリップ班はまるごとそこに配属された。
「スー」
「なんすか」
「新婚旅行もどうなるかわかんないけど」
「あー、すねー」
「それでも後悔しない?」
「しないっすねー」
フィリップはスーザンの美しい緑色の瞳を覗く。
「フィル班長?」
「もう班長じゃないよ」
そよ風のようにフィリップが言う。
「じゃあ、殿下?」
「それもなし」
「え」
「フィルだよ」
スーザンは、フィリップの榛色に宿る穏やかな愛情から目が離せない。
「フィ、ル?」
フィリップの蕩ける瞳に映るスーザンは戸惑っている。慣れない胸の高鳴りにどうして良いかわからない。スーザンは、近づくフィリップに思わず目を閉じた。
フィリップはスーザンをふわりと抱き寄せ、静かにそっと唇を寄せる。フィリップの分厚い胸板にガッチリとした女騎士の両手を添えたスーザンは、唇が離れると恥ずかしそうに俯く。それからふたりはじっと黙って立っていた。
しばらくして、フィリップ班長は甘く柔らかな声で囁く。
「大好きだよ、スーザン」
スーザンは首まで赤くなり、フィリップの背中に腕を回した。フィリップはそれを受けて嬉しそうに抱きしめる。壊物を扱うように、大切に大切にスーザンを包み込む。
「私も大好き、フィリップ」
フィリップの抱きしめる腕に力が篭り、首元では茶色い革製の小袋が揺れる。2人の気持ちを表すように、青みがかった銀の光が小袋から溢れ出す。
やがて光は幸せな2人を包み、王宮に満ち、遠い山々の飛竜へと届く。
飛竜たちは首をもたげ、賑やかな鳴き声をあげる。優しい愛の光を浴びて、猛々しく争っていたラスカルジャーク達までが動きを止めた。
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