62•壁を越える
やってきたのは、群れである。
「え、班長、こんなに手懐けてたの」
ビルの遠見によらずとも、向こうの空が灰色で覆い尽くされている。それが見る間に近づいて、青銀の光が漏れる毒霧の壁にぶつかってゆく。
「笛の効果だよ。この音を聞くと穏やかになるし、助けてくれる気持ちになるんだ」
フィリップ班長の声がした。どこか得意そうである。
「通信がつながってる!」
エシーが手にしたデバイスを思わず強く握った。現地からリサの声が答える。
「壁に穴が空いた!」
そこへ、本部からの伝令が慌ただしくやってくる。
「高速1人乗り浮遊板を用意しました」
「え」
「交代します!ペガサスウォーク隊員は、現地に急行して下さい」
戸惑っていると、本部長の声がする。
「エシー、聞こえるか?ガキの頃はあのスージーとつるんでたんだろ?」
「本部長?」
「いいから、行ってこい!」
「り、了解!」
エシーはナイトラン邸の玄関を飛び出す。邸の前には、伝令の告げた通りフロートと呼ばれる乗り物が停まっていた。
黒白のマーブル模様が描かれた魔法金属の板には、何の飾りもない。知らなければ単なる四角い金属の板だ。
足を揃えて立てる程度の幅があり、両手を広げた長さを持つ、大振りの板である。エシーはこれに足先で触れて魔力を流し、浮遊機構を起動する。
毒霧の壁に隔てられていた青色麦畑では、どぎついオレンジ色の羽が中空に舞っていた。
ラスカルジャークの死体は、残るものもあれば消えてしまうものもある。リチャードに古傷を負わせたこの種類は、どうやら消えるタイプだったようだ。舞い散る羽も消えてゆく。
「スーザン!魔法を無理に使わないで」
「わかってるっす!」
あたりに立ち込める毒霧が、2人の魔力を吸い出し続ける。
「短期決戦すよ」
スーザンは、緑の瞳を悪そうに光らせた。
「おじさん!もうちょい待つっす!!!」
眼下のリチャードは、徐々に硬直が緩むのを感じていた。まだ身体は動かせないが、苦しかった呼吸が戻ってきている。完全に止まる前に心臓も動きを活発にしていた。
(よし!いいぞ!愛娘!)
後から加わったフィリップ班長も縦横に空を駆け回る。オレンジ色のラスカルジャークは次々に消え、リチャードの口元に不適な笑みが蘇る。
老年の入口に立つ不屈の戦士が身を起こした時、壁から鋭い回転音が聞こえてきた。
「旦那ぁー!来ましたよぉー!」
「おお、アンバーか」
1人乗りの滞空型移動機械、円盤に乗ってミルドレッドが霧の穴から鋭角に突っ込んできた。その前には、霧に穴をあけた飛竜達もいる。急いで飛竜に騎乗したフィリップ班の3人もいる。
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