57.アンチヘルレイズ
通信の向こうから村人の罵声を聞いた翌日、スーザンはリチャードの作業室前にいた。シンプルな扉には、複雑な魔法錠がかけられている。
「緊急時だからいいよね」
スーザンが瞼を下ろす。癖毛特有のカールした灰色睫毛が、明るい緑の目を覆う。大きく息を吸い、背中まで膨らませて一気に吐き出す。
「開錠」
珍しく呪文を口にする。緊張しているのだ。思わず声に出したのである。これは万能開錠魔法だ。幾重にもかけられたセキュリティが、軽々と突破されてしまう。
片手に下げた保存箱には、初日に集めた魔法薬解毒剤の材料が入っている。完璧な状態の素材が不足なく揃えてあるのだ。特殊な魔法薬の製法は、本来なら当主から次期当主へと伝えられる秘術だ。スーザンは正式に伝授されてはいない。
「残像回帰」
侵入した当主の作業室で、リチャードが魔法毒解毒剤を調合する姿が浮かび上がる。
「素材同定」
スーザンは、手持ちの素材と残像の素材が同じであることを確かめる。作業室の道具を無断拝借して、正確な計量をする。
フィリップ班長たちは、未知の魔法毒が蔓延する村々を調査しているのだ。手持ちの解毒剤では足りないかも知れない。なるべく多くの薬を準備しなければ。そう思うと居ても立っても居られなくなったのである。
スーザンは真剣に残像の手順をなぞる。一度たりとも間違えない。
「出来た」
完成した錠剤を小瓶に分けると、スーザンは作業室を片付けて元通りに施錠した。全て初見でこなすのは、スーザンにとってはいつものこと。しかし驕らず、毎回真剣に取り組んでいる。フィリップ班長は、そんなところをとても素敵だと思っていた。
「フィル班長、みんな」
通話の魔法とデバイスを両方起動して、スーザンは現地調査班と首都調査班、そしてストロングロッド出身騎士を集めた首都予備班の面々に話しかける。
「おう」
エシーたちの返事が聞こえる。
「どうしました?」
首都調査班長の丁寧な応答も受け取る。
しかし、フィリップ班長からの返答がない。
(この感じ)
例のゼリーに手を差し入れた感覚である。
フィリップ班で通話の魔法を使えるのはフィリップ班長だけ。だが、通信デバイスは最新のモデルが支給されている。
「リサ!ビル!ティムっ!」
「スーザン!」
「よかった!フィル班長もいる?」
未知の魔法毒により、通信状況が悪いのかも知れない。ビルが説明を始める。
「それが……」
フィリップ班長は、毒霧の壁に到達するやいなや、飛竜に乗ったまま突っ込んでいった。3人も後に続こうとしたのだ。
「班長の通る側から裂け目が閉じて、フィリップ班長を飲み込んじゃったんだ」
「私たちが通ろうとしても、びくともしないの」
「霧に触ると魔力も取られるみたいだし、魔法でも魔法なしでも通れないんだ」
ビルの話に、リサとティムも付け加える。
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