56.青色麦畑の悪夢
リチャードが諦めて壁を目指し歩を進めた時。
(あっ!)
毒々しい青と紫の麦畑が大きく波打ち盛り上がる。青色麦の根本の地面が割れる。小石やラスカルジャークの残骸が空を舞い、黒紫色の毒霧を掻き乱す。
(ちいっ)
地中から現れ一斉に襲いかかるラスカルジャークの群れを前に、リチャードは怯むことなく足を後ろに引く。やや弧を描いて引かれる足の踵が、乾いた道に土煙をあげた。
リチャードは、一旦後ろに移した重心を押し戻すようにして前方へと飛び出した。
「いち!」
掛け声と共に蹴り飛ばすラスカルジャークは、仲間を巻き込んで麦畑に落ちる。何匹かは土中から突き出るラスカルジャークの屍に生えた角や爪に刺さって死んだ。
「にい!」
振り上げた脚を横様に振り抜き、別の一団を料理する。反対から迫る集団を見れば、リチャードが振り向きざまに殴りつけた一匹が仲間を道連れに吹き飛んで行く。
そんな状況が2日続いた。夜も昼も途切れることなく襲いかかる凶悪魔法生物の群。リチャードはそろそろ60である。そこらの若者よりは頼りになるが、やはり寄る年波には敵わない。
得意の魔法を封じられ、徒手空拳で終わりのない戦いを強いられているのだ。心が折れないだけでも見上げたものである。
「えい、くそっ」
リチャードの古傷に痺れが走る。無理に動かすと激痛が走る。痺れは全身に広がって、ついには地面に倒れ伏す。かつてリチャードの内腿に傷を追わせたのと同じ種類のラスカルジャークが、よりにもよって群を成して現れたのだ。
その種類から傷を受けた者の全身を魔力共鳴で硬直させる、あの厄介なラスカルジャークである。
「この!」
レジェンダリー王国にこの人ありと謳われる、人界防衛の立役者リチャード・ナイトラン大魔法卿その人が、渾身の殺気を放つ。殺気を受けた数十匹のラスカルジャークが雪崩をうって畑と道に倒れ込む。
リチャードはかっと目を見開いたまま、瞬きもできず硬直して転がっている。何種類かのラスカルジャークが、不気味な青と紫の麦畑から一直線にやってくる。
「もはや、これまでか」
無念の涙に血が滲む。
と、そこへ。
「ナイトラン大臣!」
紫色の毒霧を切り裂き、空を覆うほどの飛竜が現れた。声の主は朝焼け色の髪を靡かせ、優しげなヘーゼルアイで地上を見下ろす。飛竜の通ったあとは、壁の裂け目が見る間に消えてゆく。
(殿下!)
リチャードの口はもう動かない。殺気を放つことでラスカルジャークを追い払う。
(壁にだいぶ持ってかれたな)
リチャードの目に映るフィリップ班長は、身に帯びる魔力が極端に少ない。毒霧の壁を抜けるとき、大量に吸い取られてしまったのだろう。
魔法で移動したリチャードは、通り抜けるのにかけた時間が一瞬である。到着直後に気づかない程度の魔力しか失わなかった。
触れるだけで微量の魔力を吸われる毒霧。分厚い壁となって立ち塞がるその霧を、フィリップ班長は強引に掻き分けて通ったのだ。時間もかかり、吸われる魔力も多かった。
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