51•剛腕赤毛の武勇伝(1)
ミランダは魔法で温めた肉を飲み込むと、今度は最後の付け合せ野菜をフォークで刺した。これも一度は冷めて油が固まっていた。だがいまや、レモンで鮮やかな色になったオレンジ色の根菜は、ふわりと湯気すら立てている。
「剛腕卿フィリップ殿下だろ?運も腕力で捩じ伏せる、叩き壊して先に行く、擲竜にこの人ありと謳われた赤毛の王子だろ?大丈夫さ!」
「ばーにんぐひりっぷ?」
聞き慣れない渾名にスーザンが戸惑う。
「あれ?擲竜じゃ呼ばれてない?」
「聞いたことないっす」
「気のいい大男みたいな顔して、ごり押しするからねえ」
「ああ、王子権限とか」
フィリップ班長は、ここ数日で2回も王子権限を発動している。それも即断即決でだ。エシーは納得して頷く。
「腕力で解決するだけじゃないんだな」
「ちょっとエシー、失礼!」
「何があっても前に進むとこがいいんだろ?」
スーザンが嗜めると、エシーが揶揄う。スーザンはもごもご口を動かしながら頬を染める。暗くなっていた食卓の雰囲気が少しだけ柔らかくなった。
「穏やかそうな顔をして火の玉みたいな兄さんだよ」
ミランダがニヤリと笑い、班長仲間のトーマスが頷く。
「剛腕卿の肩書きを賜った事件も凄かったよな」
「スーザンは現場にいたんじゃね?」
「ああ、うん、いた」
それは今から3年前、スーザンが騎士学校2年生に在籍していた時のことである。
フィリップ班は、いつものように山奥で飛竜を投げてはラスカルジャークの群れを壊滅させていた。
他の班は、ある程度減らすだけだ。普通は飛竜を投擲したらば直ちに安全圏へと避難する。怒り狂ったラスカルジャークと飛竜の両方から攻撃される危険があるからだ。
しかしフィリップ班は、班長の行動をトレースするかのように、誰一人として退避しない。フィリップは勿論、班員4名も、怒りに燃える飛竜たちと友達になってしまうのだ。
友となる経緯はそれぞれ違った。取っ組み合ったり謎の目線で語り合いをしたり。スーザンの場合は取っ組み合いつつ気を落ち着ける魔法も使う。
そんなある日のことだった。投げた飛竜が飛び込んだのは、空中にいた翼があるラスカルジャークの群れだった。翼ラスカルジャークは、怒った飛竜と戦いながらフィリップたちに近づいてきた。
「まずくね?」
目のいいビルが指差すのは、別の方向。そちらの空からも翼ラスカルジャークの群れが来る。次に指差すのは、フィリップ班がいる山腹のやや上、大岩の影から鋭い牙を持つタイプのラスカルジャークが、やはり群れとなって現れた。
「あっちも」
ビルは次々に指差す。さまざまな種類のラスカルジャークが、あらゆる場所から襲ってくる。
飛竜は現在、投げ込んだ群れで暴れている数匹しか見当たらない。
「ワイバンコールを使っても間に合わないねえ」
フィリップ班長は朝焼け色の太い眉毛を下げて気楽な調子で言った。
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