35•山中のフィリップ班
出発の朝、リチャードとフィリップが会議室に入った時、フィリップ班のメンバーが3人とも既に来ていた。
「おはよっすフィルはんちょ」
リサが細長い手をしなやかに挙げて声をかける。
「っす、フィルはんちょ」
ビルが短く挨拶する。
「おはようございます、フィル班長」
ティムが大きな体を折り曲げて丁寧に頭を下げる。
「みんなおはよう。早くからありがとう」
常に変わらぬ皆の姿に、フィリップ班長はにっこり笑って手を振った。
出発前の全体会議が行われた王宮を出て、フィリップ班は山岳地方へと向かう。騎士学校入学式で毎年利用する訓練コースとはまた別の山である。
「やっぱスーは無理っすか」
リサは残念そうだ。
「連れてけないよ」
怒ったような、泣きそうな顔をするフィリップ班長に班員たちは驚く。
「危険すぎる」
なんとなくそれ以上話題にできない雰囲気になり、皆は黙って出発した。
渓流を遡り、山奥で飛竜にのりゴルドフォークへと向かう。この山にもラスカルジャークは湧く。道すがら飛竜を投げて狩ってゆく。夜半に降りた山頂で、フィリップ班長は首から下げた小袋を取り出す。
「へえ、凄い袋すね」
魔法の得意なリサが、茶色いなめし革の小袋にかけられた魔法に驚く。
「劣化防止に位置情報発信の魔法つきでじゃないすか」
「位置情報発信の魔法⁉︎」
魔法が苦手なビルが目を見張る。たいへん高度な通信系の魔法で、使える人はレジェンダリー王国で10人に満たない。
「スーが作ってくれたんだよ」
顔を輝かせて自慢するフィリップ班長を見て、班員達は2人がようやく気持ちを通わせたのだと確信した。しかし、その袋が実際にはスーザンが自分用に作っていたものの流用だとは、その場にいた誰も知らないのだった。勿論、フィリップその人も。
「スーザンすげえな」
ティムが穏やかに賞賛する。
「位置情報発信の魔法って。どんだけ愛されてんすか」
リサが揶揄うと、赤毛の大男は不機嫌そうに眉を寄せる。
「そうじゃない。遺体回収の為だ」
「それが愛されてるって言うんすよ」
ビルが呆れ、ティムはため息を吐く。
持ち物に位置情報発信の魔法をかけておくのは、遺体回収の目的が普通だ。高度な魔法なので、小さなものにかけて貰うだけでも相当に値が張る。そのため、恋人や家族に位置情報発信の魔法つきの小物を贈るのは、やはり相当愛されているのだ。
もっともこの茶色いなめし革の小袋については、スーザンが自分の遺体を家族の元に届ける目的があったのだが。
「そうなのかな」
フィリップ班長の口元が緩む。小袋の口を緩めて愛しそうに中を覗いた。銀爪渓流瀑の青白い光が仄かに漏れる。愛しさに溶けたその顔を3人の部下達は感慨深げに眺めていた。
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