30•朝食を共に
スーザンは活動的な人間であり、人界防衛の要とも言えるナイトラン一門にとっては跡取りである。ナイトランの本家当主達が代々害悪生物ラスカルジャーク殲滅に尽力してきたのは、世界史資料でも語られている。その事実はフィリップ班長もよく知っている。スーザンとは直属の上司として既に5年の付き合いだ。
だが、山岳訓練で寝食を共にして来たとは言え、仕事の場でしか会ったことはない。日常で身を守る力は想像できないのだ。実際にはリチャードの同類であるから、生活力などなくても生存力はカンストしているので大丈夫なのだが。
「それに、引きこもってるよりこれまで通りにしてる方が相手も油断するんじゃないすかね」
「そんな囮みたいなのは反対だよ」
フィリップ班長が不機嫌になったところで、マーサがやってきた。
「皆さま、食堂へどうぞ」
ここレジェンダリー王国において中央官僚が首都スターゲインベルクに構える邸宅では、通常食堂がいくつもある。来客用、朝食用、昼食用、夕食用、おやつ用、等々だ。しかし、リチャードとスーザンのために建てられた首都ナイトラン宅には食堂はひとつ。たいして広くもない。2人とも殆ど首都にいないため、来客も稀だ。必要がないのでひとつで充分だった。
3人が席に着くとリチャードがディナーベルを鳴らす。美しい白磁に青い唐草模様の描かれた卓上鈴である。音はちりんと澄んで涼やかでありながら柔らかい。やがて給仕のティモシーが銀のワゴンを押して来る。
配られたのはワンプレート。早朝出発の遠征を妨げないように、とのリチャードからの配慮だ。たっぷりの野菜、分厚いハム、ハーブとスパイスを効かせた小ぶりのソーセージ。小さなカップには貝を浮かせた乳製品のスープが湯気を立てている。軽く炙った茶色いパンによく合う酸っぱくて黒いジャム。新鮮なレモンジュースにはフィル班長の好きなミントが加えられていた。
「いっそあたしがデイヴィスって奴に直接会うってのはどうすか」
楽しげにフォークを手にしたフィル班長は、スーザンの無謀な提案を聞くとうんざりした顔を見せる。
「勇敢なのは魅力的だけどね、」
薄切りラディッシュを飲み込むと、赤毛の大男はため息をつく。
「いくらなんでも危険すぎるよ」
「そうかなあ」
「手っ取り早くていいな」
「リチャード大魔法卿」
フィリップ班長が嗜めるようにリチャードを見た。想い人の養父は素知らぬ顔で朝食を進める。そろそろ60だというのにちっとも衰えを感じさせない大魔法使いは、分厚いハムの塊をものともせずに平らげた。
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