29•交渉
「こんな素敵な笛を僕のために」
愛しさが溢れる視線に、スーザンは恥ずかしくなって俯く。リチャードはそんな2人の様子を満足そうに見守っていた。
「あの、フィル班長」
しばらくもじもじしていたが、スーザンは決意を込めてくすんだ灰色頭を上げる。
「スターゲインブルクでの聞き込みがしたいっす」
「駄目だよ。会議で決まってる」
フィリップ班長は榛色の目を厳しく細める。スーザンは必死に頼み込む。
「そこをなんとか」
「向こうの動向は相変わらず掴めないんだ」
「エシーはなんて言ってました?」
「聞いてないの?」
朝焼け色の太い眉毛が驚きに跳ね上がる。スーザンは、フィリップ班長がなぜ驚くのか知らない。彼は2人が情報共有していると思っていたのだ。一昨日の居酒屋での雰囲気や普段エシーを話題に上らせる様子から、とっくに話を聞いているだろうと予想していた。
「聞いてないっすね」
「一昨日の晩も今までどおり惚気られたらしい」
「エシー無事なんすね」
スーザンはほっとする。フィリップ班長は軽く頷いて話を続ける。
「本当にこちらが動き出したのを知らないのか、気づかないふりをしているのか、判らない」
「そもそもなんでその嘘だけしつこく毎晩エシーに聞かせるんすかね。他のことは印象を薄くしてるのに」
エシーだけではなく、王宮騎士団のうちかなりの人数がその「惚気」を聞かされている。そして昨日1日でそれが妄言であることも知れ渡った。印象を薄くしておきたいのならば、嘘の惚気を言いふらすのは悪手だ。いずれ本人に伝わって否定されるのは分かりきっていただろうに。
「縁談もなければ直接のアプローチもないんでしょう?」
「そっす。全然知らないやつ」
一昨日から繰り返している説明をまた口にしてスーザンは顔を曇らせる。
「僕との縁談は今年に入ってから決まったことだし、僕かスーを追い落とそうとして醜聞を広めたいわけじゃなさそうだよね」
「私は敵が多いぞ」
どこか自慢そうにリチャードが言うので、フィリップ班長は呆れてしまう。
「跡取りの評判を落とすつもりだったのかもしれないな」
したり顔で頷くリチャードに、フィリップ班長は苦笑いで答える。
「まあ、無いとは言えませんけど」
「恋人だ、って部分じゃなくて、あたしがやらかした内容を広めたかったんすかね」
「否定はできないよね」
「お行儀の良い跡取りなぞナイトランとは言えないよ」
「はは」
何やら自慢げな養父子を前にして、筆頭世継ぎの王子様が力なく笑い声を漏らす。
「自宅待機はやっぱり落ち着かないっす」
話の流れで今だとばかりに、スーザンは交渉を始めるのだった。
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