26•ムーンライトフルームフォール
スーザンは自分の部屋に戻ると、直ちに作業机に向かう。先程まで全く思い付かなかった笛の意匠がはっきりと目に浮かぶ。竜の爪を削る道具を取り出す暇ももどかしく、魔法を使って必要な工具を並べた。そのまま図面も引かずに作業に取り掛かる。
指先をしなやかな魔法でコーティングし、絶妙の力加減で爪先を切り落とす。ここが呼び子になるのだ。残りの部分は脇によけ、あとで元の箱に戻す予定だ。今は手元の細工に集中する。
バルコニーに続く掃き出し窓から、月の光が降り注ぐ。爪から立ち昇る微かな輝きとさざめきあって、さながら岩床を駆け下る滝のようであった。
「銀爪渓流瀑」
装飾を一切廃したシンプルな竜寄せの笛を月光に掲げて、スーザンが呟く。月は傾き、東の空は紫から茜へとうつろう。
スーザンは今名付けたムーンライトフルームフォールを静かに持ち上げ、息を吹き込む。
朝焼けの光の中に優しく伸びやかな音がたゆたう。本当に飛竜がやってきてしまうといけないので完全防音の魔法で音が漏れないようにしている。
笛の放つ青い光が揺れる。一筋の銀糸のような光が笛を取り巻き、螺旋を描いて爪笛に落ちる。唐草模様のような魔法文字と呼ばれるものが笛の表面に刻まれる。文字は銀爪渓流瀑と書いてあるのだ。
スーザンは満足気に頷くと、素材を片付けに立ち上がる。完全に夜が明けるまでにはまだ少し間がある。片付けを済ませたら仮眠を取るつもりだ。
仮眠から目覚めて作業机の竜寄せの笛を見る。自然に湧き起こった製作衝動と刻銘を思い返す。この笛で呼ばれる飛竜はどんなだろうか。静かで気高く、情に熱い竜なのだろうか。それとも冷たく理知的な竜であろうか。
スーザンは突然、この笛がフィリップ班長の依頼による品だと思い出した。奇妙な感覚ではあるが、これを作った素材と出会った瞬間、何もかも忘れてしまったのだ。素材とスーザンと、ただそれだけ。魅入られたように向き合った。
(依頼だけど、やっぱりラッピングするかなあ?)
スーザンは朝の鍛錬をするために起き上がりながら考える。
(そのまんま渡すのも変だしね)
完成した竜寄せの笛「ムーンライトフルームフォール」は、女性の親指程度の大きさである。包むなら箱でも袋でもごく小さなものがあれば良い。渡すのは今日の朝食時だ。凝った包装はできない。スーザンは作業台を始めとして部屋をぐるりと見渡した。
(休日に会ったことないからなあ。好みわかんないし無難な黒とか白の紙でいいか)
そこまで考えて、最近作ったばかりのなめし革の小袋が目に入る。自分の呼び子を首から下げる袋が痛んできたので作ったのだ。覚えたばかりの劣化防止と位置情報発信の魔法もかけてある。シンプルな見た目ながらもなかなかの出来だ。
(まだ使ってないし、これラッピングに使おうかな)
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