14•朝食の招待
「ブルートパーズって発売5年目なんす」
「そんなに経ってるのか」
フィリップ班長はまた驚く。表情はますます険しくなる。
「昨日エシーとも言ってたんすけど」
「うん」
「かなりきつい魔法毒が入ってましたけど、」
「医者には見せたの?」
フィリップ班長は腰を浮かす。
「あ、大丈夫ですってば」
「でも」
班長はとうとう立ち上がってスーザンの前に膝をつく。
「ええっ、ちょっと、フィル班長!」
「顔色は良さそうだし魔力の乱れもないけど」
「リチャードおじさん特製の魔法毒解毒剤飲んでますから!」
「それを疑う訳じゃないんだけど」
「立ってください!あたしも座れないし」
慌てて立ち上がりながらスーザンが懇願する。フィリップ班長は、尚もじろじろとスーザンを眺めていたが、やがて諦めて元のソファに戻った。
「とにかく、5年も前からあんな魔法毒が強いお酒が出回ってるのに、これと言ったトラブルも聞かないんすよ」
「そうだね。魔法毒関連のいざこざはあるけど、そんなには聞かない」
「レイニーフィールド醸造所は、ブルートパーズ以外のお酒も販売してるそうっす」
「手広くやってるのに、聞こえてこないのはおかしいね」
「でしょ?」
フィリップ班長は少し黙ってから、再び口を開く。
「やはり印象操作か記憶操作の魔法が使われている可能性が高いね」
「そっすよね?」
「とにかく、なぜスーが狙われてるのかもまだ分からないし、しばらくは家に籠ってて」
「んー、自分のことなのにもどかしいっす」
「ごめんね?」
「いや、フィル班長のせいじゃないっすから」
フィリップ班長が申し訳なさそうに頭を下げる。
「あ、朝ごはん食べてきます?」
「いや、残念だけど軽く食べて来た」
赤毛の大男はとても残念そうに眉を下げた。社交辞令ではなさそうだ。
「明日はぜひお呼ばれするよ」
後ろに控えていたサマンサがピクリと眉を上げる。
「了解っす。サマンサ、よろしく」
「畏まりました」
フィリップ班長は気のいい大男に見えるが、これでも一応は筆頭世継ぎの王子様である。余程の理由がない限りは、その頼みを断ることは出来ない。まして、最初に朝食を勧めたのはこの家の跡取りであるスーザンのほうだ。
一介の召使いであるサマンサとしては、畏まり承るしかない。
フィリップ王子は、12の歳から山にばかり籠っていたので、世情には疎い。情報はきちんと得ていたし、帝王学も習ってはいた。しかし、害悪魔法生物ラスカルジャークの討伐で世界にその名を馳せるこのレジェンダリー王国で、リーダーたる王が司るのは主に人界防衛である。
魔法と武芸の天才である世継ぎの王子フィリップは、常識を弁えない山育ち。王族がいきなり翌朝の朝食にやってくれば相手がどれだけ困るか解っていない。もちろんスーザンも同類なので、仲良しの上司を気軽に誘ったのだ。そしておそらく、この家の主人リチャードも。困るのは召使いたちだけだ。
部屋の隅では、サマンサが1人ため息を堪えていた。
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