12•早朝の訪問者
その夜、スーザンの養父リチャード・ナイトラン大魔法卿は、首都の自宅に帰ってこなかった。不安ではあるものの、むしろ緊急召集に備えてスーザンは早めに寝てしまう。
次の朝、やはりリチャードは帰宅せず、スーザンはひとり朝食前の鍛錬に励んでいた。そこへ、中年の女性が呼びに来た。女中頭のサマンサである。
「スーザンさま、お客様です」
首都スターゲインベルクの邸宅は、領地ストロングロッドで代官職に任じられたサミュエルの息子チャールズとその妻サマンサが切り盛りしている。
「おじさんから言付けかな」
スーザンはつぶやいて、急いで着替えに行く。今日は勤務日なので、騎士団の制服に袖を通す。普段は朝食後に出勤準備を整えるのだが、来客なので仕方がない。
昨日フィル班長が着ていた絹の騎士服は、王宮勤務用の準礼服だ。品質は劣るがスーザンにも支給されている。しかし、今着るのは動きやすい魔法加工が施された植物由来の素材であった。安くて丈夫、街でも山奥でも、どんなに動き回っても滅多なことでは破れない。
来客ではあるが、動き回る制服姿なので化粧もせずに応接室に入る。スーザンとて、来客やパーティーには薄化粧くらい施す。しかし今は出勤前なので大目に見てもらおうと思ったのだ。
応接室で待っていた人が縞模様のソファから立ち上がる。
「おはようスーザン」
「フィル班長?」
「朝から悪いな」
「何事すか?」
サマンサがお茶を用意してくれて、フィリップ班長は着席を促す。スーザンは驚きながらも意外な客人の正面に腰を下ろした。
「スー、今日の見合いは中止になった」
「やはりなにかあったんすね」
「ああ」
「ナイトランのおじさんが帰れないのも」
「その通りだ」
フィリップ班長の目の下にはうっすら隈が出来ている。徹夜したのだろう。
「スー、今日は悪いが休んでくれ」
「え?」
フィリップ班長の榛色の瞳が真剣にスーザンを見詰める。スーザンにはその姿が輝いて見えた。
(班長、なんだかいつもよりもっと格好良い)
「ナイトラン大臣か、俺か、エシー君かが、本人で来る時以外は対応するな」
フィリップ班長の声には気遣う優しさも含まれている。スーザンの胸は高鳴った。
(いつも頼りになるけど)
真っ直ぐな榛色を受け止めて、スーザンのエメラルドの瞳が優しく溶ける。それを見たフィリップ班長の瞳は温かさを深めた。
「スー、見合いは中止だけど妃は内定だからね」
フィリップは柔らかな声で言う。
「はい」
スーザンは反射的に頷くが、半ば上の空である。フィリップ班長は満足気に微笑むと、爆弾発言をした。
「スーは可愛いなあ」
「へっ?」
「前からずっと好きだったけど」
「は」
「勇ましくて、明るくて、優しくて」
「ええー」
「ずっと大好きだったけど」
「あっ、ありがとうございます!」
すっかり顔を赤くしたスーザンに、フィリップ班長は容赦なく語り続ける。
「そんなふうに見つめてくれるなんて」
「えっ、どんなふうすか」
「僕もきっとおんなじ顔してるよ」
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