10•ブルートパーズ
裏町のバーで勧められた酒には、今年を表す数字と生産地が記載されていた。
「この青色麦火酒って、いつ開発されたの?」
エシーが軽い調子で質問を始める。
「5年前の夏に新発売だったな」
「レイニーフィールド醸造所なんて聞いたことねぇなぁ」
「5年だから醸造所としちゃ新参だけど、今じゃブルートパーズ以外にも出してるよ」
「知らなかったなー」
スーザンも首を傾げる。開業して5年も経っているのに、酒呑み仲間から聞いたことがない。国の中枢にいる養父リチャードからも、フィリップ王子からも。
「人気なの?」
「ま、呑んでみなよ」
「じゃあ」
「一杯だけ」
2人が恐る恐る注文すると、親爺は片手でシンプルな酒瓶を傾ける。飾りのないショットグラスに鮮やかな青い液体が落ちてゆく。トクトクと小気味良い音を立てて、薄暗い店内に花の香りを咲かせる。
「レイニーフィールドは高い酒ばかり出すからな。お若い人らにゃ縁どおいかもな」
ブルートパーズと呼ばれるこの酒も、聞けばかなりの高級品である。子供が親指と人差し指で作る輪っか位しか口の広さがないグラスに、ほんの人差し指一本程度の高さまで注がれる。それで泡酒ならば大ジョッキ二杯は頼める値段なのだから、2人のような駆け出しの騎士がお目にかかったことがなくても無理はない。
そして今は休暇中であり、服装は質素だ。田舎出身の2人は言葉も荒い。スーザンは中央官僚の家族なので一応はマナーを習ったが、普段自然に出てしまうのは、田舎時代の立ち居振る舞いである。
そもそも、首都に来た12の歳から入った騎士学校では、ずっと山奥で飛竜を投げて暮らしていたのである。マナーもへったくれもない。それどころか、スーザンたちを担当した班長が特殊な指導者だったので、言葉などほぼ話さなかったのだ。
「おらー!」
「つぎー!」
だいたいこれで事足りた。みなよく人間の言葉を忘れなかったものだ。ちなみに班長とは、剛腕卿フィリップ殿下ことこの国の現国王の長男である。運も腕力で捩じ伏せる男。スーザンと明日お見合い予定の人物だ。
そんなわけで、親爺さんは目の前の酒呑みコンビが5年前からある高級酒を知らなくても不思議だとは思わなかった。
「ごっそさん」
「また来るよ」
2人は支払いを済ませると外に出た。無言で表通りに出、人目の多い公園まで急ぐ。
「飲んどきなよ」
「やっぱり?」
スーザンはポケットから小瓶を出して、エシーの手のひらの上で軽く振る。中から白い錠剤が二粒落ちた。自分も二粒飲む。これは魔法毒解毒剤という薬だ。魔法毒と呼ばれる、魔力を持つものに害毒となる成分を中和するのである。
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