真の孤独
ぬらりひょんの脅威から救ってくれたのは、美人なお姉さんだった。
お姉さんは俺の顔を見ると知っているような雰囲気を出していた。
「君は…」
「あっ! 俺は【藤原昭仁】です」
「そう…君が昭仁君なのね。涼月を運ぶのを手伝ってくれる?」
「はい!」
こうして俺は傷ついた涼月を負ぶって一尉家の玄関の仕切りを跨いだ。
本当の地獄はここから始まるのであった。それは修行ではなく、怪異師になるという地獄への一歩を踏み込んだという意味だった。
雅は涼月の傷の手当てを終えると椅子に座るようにソッと手を伸ばした。昭仁は頭を下げてからゆっくり椅子に腰をかけると深い溜め息を吐いて、疲れを吹き飛ばそうとした。
「ごめんなさいね」
「えっ⁉︎ いや、すいません。溜め息なんか吐いたりして!」
雅は首を横に振ってから口を開いた。
「もう少し早く帰って来ていたら、涼月もこんな事になっていなかったし、昭仁君にも怖い思いさせることなかったはずだから…」
「命を助けていただけて本当に嬉しいです!」
昭仁の言葉に雅はニコッと笑ってくれた。
「自己紹介をしてなかったわね。私は【一尉雅】。次期当主でもあるわ」
彼女は同じ大学の上洛大学・法学部に通う二回生であった。そして一尉家の一人娘である。
(しかしデカい家に住んでるなぁ。これが摂家の財力なのか。でも怪異師なのに、家の中にあるものは一般家庭と変わらないぞ)
「何か考えてるでしょ?」
「あっ…すいません」
「いいのよ。私たち一尉家は唯一、社会に溶け込んでる家柄なの。他の家は怪異師としての仕事を全うしてるんだけどね」
(これ以上、踏み込んで聞いていいのか? でも怪異師になるんだったら聞いてもいいよな)
「失礼かもしれませんが、どうして?」
「それは私にもわからないわ。時代と共に物事も移り変わっていくものよ。多忙だけど両親は楽しそうにしてるわ。それが一番平和だもの」
(怪異師をしたくないっていうのが伝わる。辞める選択肢は無かったのか?)
「そうですよね。平和なのが一番ですよね。それに涼月みたいな神事では生活も困りますよね。アハハ」
「金ならめちゃくちゃ貰えるぞ」
傷ついた身体をゆっくりと起こし、不機嫌な表情で昭仁を睨むように答えた。
「りょ、涼月⁉︎」
「もう大丈夫なの?」
「うん。まだ多少の痛みがあるけど動いて問題なさそうだよ。ありがとう雅姉さん」
「なんか…俺とは接し方が違うんだな。なんだよ? 涼月は雅さんが好きなのか?」
「へっ? 私たち付き合ってるのよ。聞いてないの?」
(はぁ? なんだって? だって…コイツは孤独大好きコミュ障のはず。それがこんな綺麗な雅さんの男だと⁉︎ 待て待て! そんな馬鹿な筈はない。どうせ雅さんが俺を揶揄ってるだけだろ)
昭仁の声は震えていた。
「う…嘘ですよね? 揶揄ってるんですよね?」
「嘘じゃないわ。涼月こっちに来て!」
涼月を近くまで呼ぶと雅は涼月の頬に軽く口付けをした。
「雅姉さん! 何してるんだよ」
「昭仁君が信じないから見せただけよ。別にいいじゃないの? 付き合ってるだし、恥ずかしいことでもないわ」
「俺が恥ずかしいからやめてください」
「もう、敬語はやめてよ。付き合ってるんだから! 酷いと思わない。ねぇ昭仁君!」
雅の呼び掛けに昭仁は反応しなかった。口をポカーンと開けたまま、明後日の方を見て放心状態にあった。
(それじゃあ、彼女もいない俺は真の孤独じゎねぇか! 涼月め! 何が『孤独が好きなだけだ!』だよ。お前は俺を裏切った! 孤独が好きな奴に勝組がいるわけないだろ!)
「涼月? 昭仁君どうしちゃったの?」
「無視してていいよ。雅姉さん」
昭仁がこの真実を受け止めきれない中、涼月と雅は、ヒソヒソの話していた。
「本当に彼が崇徳一族の可能性を持ってるの?」
「そうなんだ。ハッキリはわかってないけど、神器が使えたら崇徳一族と断定していいって父が言ってる」
「そう…。彼は死ぬ運命にあるのね。彼とは深い関わりは持たない方がいいのね。残念だけど…」
涼月と雅は、一線を置きながら、極自然に振る舞うことを決めた。