ぬらりひょん
午後八時——。
歓迎会も終わり昭仁は荷物をまとめて帰ろうとしていた。涼月は昭仁の肩を掴んで、急ぎ足で帰ろうとするのを阻止した。
「おい、帰るなよ。今から行くところがある」
「今から？ どこにだよ。それに名前で呼んでくれないか？」
「名前？ なんで俺がお前にそんなことをしないといけない」
「はぁー。なんでそんな頑なになるんだよ」
（涼月が俺の名前を呼んでくれるのは、いつの日なるのやら…。 それにこんな時間に一体どこに行くんだよ？ 朝から妖に襲われて、クラスでは浮いてしまい、ワケも分からず怪異師になるように命じられて、長時間の歓迎で俺はクタクタだ。正直早く寝たい！ いや寝かせろ！）
だが、そんなことも言えず、昭仁は黙って涼月の後を着いていく他なかった。
上洛大学の最寄りの駅である、出町柳駅を出発して電車に揺られることおよそ十分程度。目的地である駅に到着した。
『京都市左京区岩倉木野町・京都清華駅』
駅から少し歩くと、豪勢な家の前で涼月は足を止めた。敷地内には藤の花が満開に咲き誇り、ライトアップされていた。それはまさに圧巻の光景だった。夜桜に匹敵する、もしくはそれ以上かもしれない。こんな光景だと写真に収めたくなる。
「ここは…？」
「お前の修行場だよ」
「修行場？ なんでだよ⁉︎」
「怪異師になることを忘れたのか？」
「あっ…」
昭仁は完全に怪異師のことを忘れていた。
（って言うか…マジなんだな。この先は不安でしかない。化物と戦うなんて出来るワケがない。人間同士の喧嘩ですら、したくないのに…）
涼月はインターホンを押し、チャイムを鳴らしてみたが中から反応は無かった。
「雅姉さんはまだ帰ってないのか…」
「両親は？」
「出張で空けてる方が多い」
一尉家は有名な弁護士で、両親は多忙を極め不在の方が多いらしい。
昭仁と涼月はその令嬢に会いに来たのだが、勉学に励んでいて、帰りはいつも遅く待つ事になった。
十分——
二十分——
と時は進んでいた。
すると異様な霧が辺りに漂い、次第に周囲を包み込み始めた。涼月は険しい顔付きで暗闇の方を見て、臨戦態勢を取った。しかし昭仁には、何が起こっているのかわからなかった。
「お、おい！ 一体何が起きてるだよ⁉︎ それにこの霧は？」
「妖気だ！ 妖が来るぞ！」
暗闇の中、ヒタヒタと不気味な足音を立てながら近付いてくるのが俺にもわかる。今朝出会った小鬼とはレベルが違う。
何かに吸い込まれそうな感覚して意識を失いそうだ。これが妖気なのか…。
「ほっほっほっ。まさかこの地で上物の血に巡り会えるとは思いもしませんでしたよ。これは、私が妖怪総大将になれる千載一遇のチャンスというわけですね」
闇の中から意味のわからないことを発して、姿を現したのは大きな頭をした老人であった。
（コイツ…本で見たことがある。この特徴的な頭の形をした妖怪は『ぬらりひょん』だ）
妖怪総大将として認知されているが、実際のところはそうではない。百鬼夜行絵巻にぬらりひょんは描かれてなどいない。
「お友達もご一緒ですか？」
（スゲー頭の形も気になるが、妖は言葉も話せるのか？ 今朝の小鬼は話さなかったぞ？）
「コイツが呪妖怪と呼ばれる妖だ。呪妖怪は力を待ち知能もある厄介な妖だ」
（だが…この妖気どこか変だぞ？ 今まで出会った呪妖怪とか違う」
「力を持った妖⁉︎ 涼月、それはマズい、早く逃げよう！」
昭仁の頭の中は逃げることでいっぱいだった。
「逃げる？ 何言ってるんだ？ それにお前のその震えた脚で逃げれると思ってるのか？ 俺は怪異師だ。妖を祓うのが仕事。呪妖怪と殺り合うのは初めてだが、全力で挑む！」
「用があるのは、後ろで震えている彼なのです。あなたに用はありません。道を空けていただけませんか？」
「俺を倒してからな！」
そして涼月とぬらりひょんの戦いが始まる。
