消えた史実
——妖怪、幽霊。
日本で伝承される民間信仰において、人間の理解を超える怪奇で異常な現象や、それらを起こす不可思議な力を持ち、非日常的、非科学的な存在のことを指す。
「昭仁君は妖怪や幽霊は信じるかい?」
「今朝の出来事は夢だと思ってます。妖怪や幽霊を信じることは馬鹿にされますから。でも春晶さんの話は信じます」
「なら、もう少し消された史実を話してあげよう」
(いいのか? 一般人の俺にペラペラと話していい内容ではないはずだ? 何か企んでるんじゃないのか? でも、歴史好きの俺にとって真実を知れるのは嬉しい。それにこんなファンタジー漫画のような展開が聞けるのは正直ワクワクする)
「まず妖について簡単に教えるね」
存在する妖怪や幽霊の中には、危害を加えないモノもいる。
一方で危害を加える妖怪や幽霊を区別するために妖と呼んでいる。
日本において最も古い妖は、日本書紀や古事記にも登場する八岐大蛇である。
「妖は放っておくと厄介なんだ。奈良時代から平安時代にかけて、大きな病気が流行したよね」
天平の疫病大流行である。
七三五年〜七三七年の間に疫病が大流行し、多くの国民が死んだ恐ろしい疫病だった。
疫病を大流行させてしまった原因は、都に人が集まり過ぎたせいで、不衛生になったしまったことにあるとされているが、本当は女性天皇が頻度に即位したことにあった。
「疫病が流行る前は、女性天皇が頻発に即位していた。女性天皇にも神器を使役する力はあったんだけど、なかなか上手くいかなくてね…妖を倒せなかったんだ」
推古天皇(五九二〜六二八)
皇極天皇(六四二〜六四五/六五五〜六六一)
持統天皇(六八六〜六九七)
元明天皇(七〇七〜七一五)
元正天皇(七一八〜七二四)
結果として、妖が増える原因を招いてしまったのだ。史実では、仏の力を借りて収束させようとしたのは有名な話だ。
だが、それも敢えなく失敗に終わり、疫病が収束した七三七年。当時の天皇は聖武天皇である。聖武天皇は、激動の世を生きた人物で苦労人と認知されている。
しかし実際には、敏腕政治家でありながら、妖と戦い続け、疫病を収束させた勇敢な天皇である。
これが"消えた史実"なのである。
(すごい…歴史に合致して説得力のある話だ。本当に妖怪や幽霊は存在するんだ。でも妖怪や幽霊はどうやって生まれるんだ?)
妖怪や幽霊が生まれるのには、ニつの理がある。
一つは、人々による負の感情によるものだ。人間の強い負の感情は、憎しみや悲しみの果てに怨霊へと成り代わる。飛鳥時代〜平安時代には不吉なことは全て怨霊の仕業だとする考えがあった。
これを御霊信仰と呼ぶ。
もう一つは、三大悪妖怪の妖気から生まれる。
(でも妖は、平安時代に三貴子と怪異師で殲滅しようとしたんじゃないのか? 失敗したのか?)
「春晶さん、妖の殲滅は失敗したんですか?」
「んー殲滅は失敗したと言っていい。日本の歴史の中で三大悪妖怪がいるのは知っているだろ? コイツらが厄介な妖だったんだ」
——日本三大悪妖怪とは。
酒呑童子。玉藻御前。大嶽丸。のことを指す。
「この三大悪妖怪を我々は邪妖怪と呼び、邪妖怪は強大な力を持ち、日本を魔国に変えようとしていた。結果的に倒すことは出来ず、ある方法を取るしかなかったんだ」
ある方法。
それは三種の神器の中に封印するというものだった。そのため、それぞれの神器の中には、三大悪妖怪が今も眠っている。
酒呑童子は天叢雲剣の中に。
玉藻前は八咫鏡の中に。
大嶽丸は八尺瓊勾玉の中に。
三大悪妖怪を封印した神器は、一二五代天皇の意向によって各神宮へ保管されることになったのだ。というより一二六代天皇になる真子様にそのやる気がないらしい。結果として女系天皇になることは確定しているため、五摂家である鷹士家・二城家・九條家の三家に保管して貰う運びとなった。
「だけど、封印していた力も徐々に薄れてきているみたいなんだ。おかげで妖が増え始めている」
「封印されているのに、どうして妖を生むんですか?」
「上皇となる翔仁様の神力がまず弱まっていること。年齢的なものもあるね。それと真子様にそれだけの神力を有していないのが原因だろうね」
封印に使われる神力と呼ばれる力は徐々に弱まり、結果として妖気が神器から漏れ始めるという事態になっている。
「漏れ出た妖気によって誕生したり、人を喰っているみたいなんだ。行方不明者の中には、見つかっていない人もいるだろ。そういう人たちは、妖気に喰われて妖になっている」
「それで、邪妖怪はどうするんですか?」
「その復活は近いかもしれないね。そうなれば…祓うしかないんだよね」
「倒せる自信があるんですか? 歴代三貴子が祓えなかった妖を」
「厳しい事言うねー。昭仁君は。でもね、私は最強なんだよ。祓ってみせるさ。それが野望なんだよ。それがある人との約束さ」
(なんて人だ。歴代天皇や歴代怪異師が倒せなかった妖が倒せるみたいなことを言ってるんだぞ)
「それに良い人材を見つけたのもある」
「良い人材…ですか?」
「時に昭仁君は何故、妖が見えている? 以前から見えていたのかい?」
「いや鬼みたいなものは見た事ないですよ! ただ《《小さな頃から霊感は強かった》》かもしれないですね」
「京都に来たことで妖気によって第六感が目覚めたか…。もしくは…」
春晶は、怖い顔して昭仁を見つめていた。
「あ…あの〜俺に何かあるんですか?」
「あるね。とにかく、妖が見える以上は君にも助力してもらうよ」
「はい?」
こうして俺は怪異師への道を提示された。