私欲
「新皇? どえらいこと口にしよるな」
日本の歴史上、京都の朝廷である朱雀天皇に対抗して『新皇』を自称した人物が一人いる。
それは平将門公だ。
平将門公は五十代天皇である桓武天皇の血筋を引く五世になる。歴とした皇胤である。
印象としては国賊というイメージが強いが、内情を知ればある意味悲しい生涯だったのかも知らない。
平将門の乱はご存知だろうか?
簡単に説明しよう。
平将門の乱とは(九三五〜九三九)に起きた激しい親族争いから関東を巻き込んだ大きな争いへと発展した中で新皇を名乗り、討伐されるまでの期間をいう。
平将門公は、弱きものに手を差し伸べる優しい人物であった。当時の朝廷の要職は藤原氏が独占しており、地方の政治は国司が横暴に振る舞って、やりたい放題、民衆は朝廷から派遣された国司からの重税や労役に苦しめられていたことに憤慨していた。
そんな中、藤原玄明と呼ばれる土豪は税金を払わずに朝廷が管理する蔵を襲い、民衆に分け与えていた弱者のヒーロー的存在だった。
藤原玄明はその行動から国司から追われる身となり、平将門に助けを求めたのだ。
平将門も弱者の味方であった藤原玄明を助け、国司との合戦で勝利し国府を焼き払い印綬を奪い取り、朝敵となった。その後も国司から次々と印綬を奪って追放し、多くの民衆を味方につけて『新皇』を名乗った。
こうして見れば、悪い人物ではなかったのではないだろうか。
そして目の前にいる相馬小次郎も似たようなことを口にしていた。
「世の中は腐っとる! 強者は弱者を奴隷扱いし、私腹を肥やすことばかりに目が眩み、助けようともしない。それもこれも全て、そこにおる天皇が招いた判断! 故にこの国をリセットする。新たな者がトップに必要がある!」
「待て待て。まだ真子様が位に着いてから五日目やぞ。理不尽なこと言い過ぎや。それにそれを言うなら、そこの政治家に言え」
時継は学史の方を指差した。だがその後ろには真子もいる。
「時継さん! なんで真子様に危険が晒される方に目を向けさせるのですか⁉︎」
「あっ…」
「フンッ。くだらない。今の誰かの背に隠れる貧弱な奴が国の象徴とは情けない。こんなクズに我々国民を守れるとでも?」
天皇としての座に着いたが、本来の責務からは席降りた真子にとっては酷く辛辣な言葉であった。
「わ、私は…」
「真子様、あのような輩の言葉など気にしてはなりませんよ。そもそも真子様が今の立場になってしまったのも、真子様が望んでいたわけではありません。仕方のないことです。それを手助けするのが、我々怪異師ではありませんか」
「学史さん…」
真子は俯きながら、学史の服を強く握りしめていた」
「そう言えばクズ天皇の前におるオッサン。テレビで見た事あるな。確か…小野江学史とかいう議員か。この夏の総裁選に出馬するとか言うてたな」
「私に何か恨みでもあるのかね?」
「政治家はクズの集まりやからな。天皇の次に全員殺さなアカン対象や。丁度いいタイミングやから一緒に死んでもらおか!」
「なるほど。二つの私欲が入り混じっている状態か」
小次郎は標的を変えて真子と学史に襲いかかり、手に持つナイフを学史の胸元に目掛けて突き刺そうとした。しかし学史は、小次郎がナイフ持つの左腕を力強く掴み、そのまま地面に叩きつけた。
「うぉ⁉︎ なんやこの馬鹿力は⁉︎ お前、ホンマに議員なんか?」
「私を殺すにはまだまだ力不足ですね」
学史は小次郎の耳元で何かを囁くと小次郎は驚いた表情を見せ、学史を蹴り飛ばした。
「バケモンめ! 一旦引き上げる! ここで俺も死ぬわけにはいかんからな!」
小次郎は物凄い勢いで去っていった。
「おい、待てーや!」
時継の声を背にして小次郎は消えた。
「はぁはぁ。どえらい気迫のやっちゃなぁ。普通のやつとは違う」
「真子様、体にお怪我はありませんか?」
「大丈夫です。学史さんのおかげで何ともありません」
「おい、学史! 何で取り逃しとんねん! あんな凶悪な犯罪者を野放しには出来へんやろ!」
時継は鬼の形相で学史に近寄り胸ぐら掴んだ。しかし学史も少々反抗的な表情をしていた。
その無言の対立を収めたのは真子であった。
「時継さん、その様な言い方はしないでください。私はこの通り無事です」
「この手を離していただけますか? 時継? 真子様はこの様に仰っておられるのですよ」
時継は掴んでいた胸ぐらを横に振り払いながら手放した。
「クソが。これは一大事や。はよ、春晶さんに戻って来て貰わんと!」
これは怪異師の中で大きな出来事となる。




