魂を売った者の末路
「昭仁君、無事かい?」
「愚問ですね。無事に見えますか?」
「だろうね。止血はするからちょっと待ってて。あくまで応急処置に過ぎないから、早く風浪さんに見てもらわないと」
その隣りでは陽は大泣きし、波は沈黙していた。当然のことだ。あんなの死んだも同然の出来事。それが間一髪で助かったのだから。
賢人は、陽にそっと服を渡し、波には服を被せてから様子を伺った。
「気を失っているだけか。酷く絞められた後はあるが無事で良かったよ」
「賢人さん、あの人は?」
「あれは一尉家の現当主である一尉尊さんだよ。雅ちゃんのお父さんさ」
一尉尊。
齢四十歳にして、藤花爛漫の全て使いこなす術師である。
一尉家は、安部家の右腕として活躍していたが今はその座を九條家に譲っている。
「あまり時間をかけて勝負するのは、好みじゃないのですよ。短期決戦といきます。八重黒龍、害悪を取り除くのです!」
八重黒龍は、大きな口を開き金鬼を喰らい尽くそうとした。
だが…その鋼鉄のような体を噛みちぎることはできない。
「ガハハハッ! この程度の攻撃で俺様の破壊出来ると思うなよ!」
金鬼は八重黒龍をぶん殴って地面に叩きつけた。その瞬間に藤の花が散るように八重黒龍は消えた。
「次はお前の番だ!」
金鬼が飛びかかってくる。
その一撃、一撃が全力。当たればダメージはかなり大きいのがわかる。だがその分大振りな攻撃は躱すことも容易だ。
しかし一尉家には弱点がある。そもそも一尉家は式神使いに似た術師であり、自身で戦うことはあまりしない。故に近接戦は不得意なのだ。
「オラオラ、どうした⁉︎ 俺様の攻撃を避けるので精一杯なのか!」
(ここまで堅い妖は見た事ないですね。それに私の霊力もそろそろ尽きるかもしれません)
尊には術師としての最大の弱点があった。それは霊力の保有量である。
一尉家は霊力の保有量で術師としてのレベルが決まる。それは相伝術式である藤花爛漫が関係してくる。より強い術式を使えば霊力の消耗も激しくなる。尊の霊力保有量は一尉家の中でも歴代最悪とされ、その保有量は並の術師レベル以下である。簡単に言えば、霊感が強い一般人と変わらない。
本来なら睦式・八重黒龍など使えるレベルではないのだ。それどころか伍式・八重紅虎すら使うのは不可能なのだ。
しかし、尊が睦式まで使いこなせているのかは固有術式が絡んでいる。
固有術式・超低燃費。
これは全ての霊力消費を四分の一までに抑えることができる。故に睦式・八重黒龍が使えるのだ。しかしそう長くは使役することも出来ないのは事実。
(八重黒龍を二度の召喚するのは無理ですね。どうしたものか…)
「何であの龍を召喚しないんだ?」
何も知らない昭仁は疑問でしかなかった。
「尊さんは、術師として本当は恵まれていないんだ。だから安倍家の右腕としての役目を九條家に譲った。一尉家としての誇りである霊力の保有量は歴代最悪だからね…。何度も怪異師を辞めようとしたけど春晶さんのお祖父さんに修行して貰ったことで今の才能が開花した。藤の花が咲いたと言っていいだろうね。でも怪異師からの一線は退いているよ」
「まさか…もう勝てないとかじゃ?」
昭仁に再び絶望が舞い降りようとした。
「いやまだ勝機はあるよ」
「え?」
賢人はスッと立ち上がって眼を色を変えて術式を発動して参戦した。
「その身体も霊力をぶつけ続けたらいずれは壊れる! 呪力の鎧のようなものだよね」
「なるほど。賢人君の術式は先読み。攻撃を躱すことは簡単ですね。では私に出来ることはただ一つ」
「えぇ。尊さんの霊力が枯渇してるのはわかっています。ですがこれが最後の勝機だと思いますのでお願いしますね」
尊と賢人は素早く入れ替わり金鬼を相手に戦いを始めた。
「何だ? 今度はお前か? 俺様は強者にしか興味がないだ! 雑魚は退いてろ!」
「それはやってみないとわからないよ」
賢人は金鬼の思考を読み攻撃のポイント、隙を見て霊力を込めた拳で殴り続けた。
(これはこれで地味に痛いね。でもコイツは理解していない。僕が同じ箇所を攻撃し続けていることを)
「おい雑魚! 逃げってばっかりでいないで俺様と拳を交えろ!」
「脳筋過ぎて困るね。脳みそも筋肉の塊みたいだね」
(そろそろ金鬼の弱点が作れる頃かな?)
賢人は金鬼の攻撃を躱し渾身の一撃を右脇腹に決めた。
金鬼の身体からボロボロと何か溢れ落ちている。
「尊さん!」
「えぇ。こっちの準備は出来ています! 貴方の敗訴が確定しました。伍式・八重紅虎!」
八重紅虎は、金鬼の脆くなった部分を喰らった。
「何故、俺様がこんな雑魚どもに…?」
「君が雑魚だったね。その自信が招いた結果だよ」
「クソっ…が」
倒れた金鬼のはずだが、その姿はもうなかった。そこに倒れていたのは今日見た泉夫妻の男性の方だった。
「どうして…? なんで佳純のおじさんが死んでるんだよ⁉︎」
昭仁には訳がわからなかった。
「まさか…他の鬼も…和真のおじさんとおばさん…あと佳純のおばさんだったってことなのか…?」
「なんてことだ。こんなことがあるなんて」
「どうやらこの人のことを知っているみたいですね。春晶先生が戻ってきたら、説明しないといけない案件ですね」
ここから怪異師の戦いは、激化を辿るのであった。




