八重黒龍の使い手
「男は嬲り殺しでいいだろ。俺にやらせてくれよ! なっ! なっ! いいだろ!」
「女はどうするのよ? 私はコイツら嫌いだから私にやらせてよ。いい体してるし食べるのもアリなんじゃない」
水鬼はそう言って、陽の服を引き裂いた。
「や…やめて。助けて…お兄ちゃん」
陽の声は、強気ではなく涙目になり慈悲を求めるような弱々しい声であった。
だが涼月に反応はない。
「こっちの女もよ!」
そして波の服も引き裂いた。波は顔を真っ赤にして目を瞑り、顔を背けた。
凪の怒りは臨界点を超えていた。
「てめぇ、このクソ野郎! 波に触れとん違うぞ! ぶっ殺してまうぞ!」
「ガハハハ。ぶっ殺す? この俺様に負けたお前がか? 言葉と実力が伴ってない負け犬の分際で調子に乗るんじゃねよ。おい、女。コイツがここで死ぬのを黙って見てろ!」
金鬼は、既にボロボロになっている凪を殴り続けた。
(確かに俺の実力では、倒すことは出来へん。もっと強ーないとアカンのに。このままでは…)
徐々に凪の意識が遠のいていく。顔は腫れ上がり血だらけの姿に、波は泣きながら懇願した。
「凪! もーやめて! 私何でもしたるから! だからこれ以上は凪を…。凪が死んでまうやんか…」
「はいはい、黙って見てろって言われたわよね」
水鬼は波の首を両手を当ててゆっくりと締め、呼吸が出来ないようにした。泣きながら暴れていた波が徐々に大人しくなってゆく。
「こっちの男も死んだのか? もう動かなくなったか。この程度で根性のないやつめ」
金鬼は涼月の横に凪を投げ捨てた。
「こっちの女も駄目ね。完全にイっちゃってる。さて次はこの女もね」
「ヒッ! やめて! 誰か助けて…まだ死にたくないよ! 誰でもいいから助けてよ…」
(地獄だ…。また俺の目の前で地獄絵図が描かれている。もう…やめてくれ)
「おい、それより隠形鬼はまだ帰っていないのか?」
「確かに遅いな。俺様が見てこようか?」
「別に良いんじゃない? どうせそのうち戻ってくるわよ」
かまいたちで裂かれた体は、服と地面を赤く染め上げてきた。昭仁の意識も既に飛んでいてもおかしくない。だが、アドレナリンのお陰で今は興奮状態にあり、気づけば立ち上がっていた。
——痛みも何もかも忘れて。
「俺は…逃げない! もう逃げたりはしない!」
「なんだお前? 死に損ないが。今すぐ死にたいのか? いいだろう。俺様がぶっ殺してやる」
しかし、昭仁の軟弱な霊力では、この四体の妖を祓うのは到底無理な話である。
地面に寝転がった涼月、凪を担いで逃げることも不可能。また水鬼に掴まれた陽と金鬼に掴まれた波を救う手段も思いつきはしない。
そのとき昭仁の強い意志に呼応するように凪の胸元が強く光始めた。
倒れていた涼月は強い光に反応し、どうして凪の胸元が光始めたのか観察し、そこに見える何かに目を奪われた。
(まさか…八尺瓊勾玉か⁉︎ これが何か反応している。それが何か大体の検討はつく。アイツは…昭仁は天皇の血を継ぐ者。そしてそれが意味するのは…崇徳一族の末裔!)
涼月は苦悩していた。ここでそれがバレていいのか。だがここにいる全員が助かる唯一の方法は、昭仁にかけるしかないということ。
「おい、コイツやべぇんじゃないか?」
金鬼が危機を感じたのは、昭仁から放たれる異質な力にあった。それは八尺瓊勾玉の力でもあった。
強気の四鬼も少し怖気ついたのか、足が固まって動けないでいた。
「ここは逃げた方がいい! おい土産を持って逃げるぞ!」
「隠形鬼はどうするわけ?」
「アイツなら問題ない! 我々がここで死ぬわけにはいかない」
風鬼は巨大な雲を出し逃げようとした。
「睦式・八重黒龍」
辺りに藤の花が舞い始める。
「これは…雅さんと同じ技。藤花爛漫⁉︎ でも今は東京に行ってるはずじゃ」
巨大な龍が姿を現す。それは以前みたものとは圧倒的に違った。その龍には生命を感じられる。本物の龍を見ている気分になるほどの威圧感があるのだ。
そして龍の下に立っているのは、スーツ姿の一人の男性と賢人の姿もあった。
「あの男。まさか隠形鬼を倒したのか?」
「あいつも強者なのか⁉︎ なら俺様に殺らせてくれよ!」
「そんなことより、あの龍はなんのよ。もう一人の男、嫌な感じがビリビリ伝わってくるわよ。さっさと逃げるわよ!」
「賢人君、先ずは陽ちゃんと波ちゃんから助けます。二人を安全な場所へ移動させてください」
「わかりました。お願いします」
「さて、あなた方に軽量の余地はもはや皆無ですね。残念ですがここで散るしかないようです。裁きを大人しく受けてください」
男性は陽と波を掴んでいた水鬼に指を向けると、八重黒龍は物凄い勢いで、水鬼を喰らい尽くした。
「次です」
示した指先にいるのは風鬼だ。そして風鬼も最も簡単に八戸黒龍に食いちぎられた。
「お前強いな! 俺様は強い奴は大歓迎だ! 俺様と戦え!」
金鬼に逃げる選択肢など無かった。仲間が死んでも尚、戦うことしか頭にはない。
「ふー。中にはあなた達のような穢れた存在を守らなければいけない日々もあるのです。せめて外の世界では新鮮な空気を吸いたいものです」




