それぞれの戦い
賢人は、気配を消せる鬼である隠形鬼の襲撃に遭い、林の中へと引きずり込まれていた。
気配を消せるという能力だけですら、反則級なのに、視界の悪い暗闇、そして姿を捉え難い林の中と、自分が優勢に立てる方法を知っている知恵の効く鬼である。
バシッ! バシッ!
バキッ! ドカッ!
ズザー……。
見えない打撃が次々に賢人を襲うが、華麗に捌きながらバク転をしながら後退する。姿は見えないが声だけは、はっきりと耳に入ってくる。
「あの一撃を喰らっただけで、他は全て上手く捌いている。さすがは怪異師か」
「これでも精一杯だよ。それより変わった妖だね? 何者なの?」
「私は藤原道千方様に従える鬼の四天王が一人、隠形鬼である」
「藤原千方? それはおかしいね。そんな人物は存在しないはずだよ」
「ほぉ。私の主人を存在しない者扱いするのか。愚かな者め」
(この反応だと本当に存在している。何故だ? 仮にも本当なら平安時代の人間なはず。怨霊としてなんか聞いたこともない。聞き出せるだけ聞いてみるか)
「藤原千方とは、何者なんだ?」
「私はお前たち怪異師を殺せとしか命令されていない。命令以外のことは動かぬし答えぬ」
(馬鹿な妖じゃない。呪妖怪にしては知恵が回るな)
「では私の質問にも答えて貰おうか? 何故、私の攻撃を捌ける? 見えているのか?」
「その質問にはこの答えがお似合いだよ。答えるとでも?」
「貴様…! 馬鹿にしよって」
「生憎、妖が心底嫌いなんでね」
賢人は冷静に答えた。服に付着した泥や砂をパッパッと払いながら立ち上がる。そして隠形鬼のいる方を見つめる。
これは先見之明の特徴である。先見之明はどんな些細な呪力でも見ることが出来る。サーモグラフィーのようなものである。
「面白い男だ」
「それはお互い様だよ」
だが、小野江家が持つ相伝術式である先月之明には、一つ弱点がある。術式を発動している際は、全ての霊力が目に持っていかれてしまう。術式を発動してないと、隠形鬼の姿は捉えられない。故に霊力を打ち込むことをすれば、隠形鬼の姿が見えなくなってしまう。祓うのは困難を極めている。
《せめて、もう一人いれば祓える可能性があったんだけど。時間を稼いで増援が来るのを待つしかないね)
「さて、続きを始めようか!」
隠形鬼は再び賢人に攻撃を仕掛けた。どんなに攻撃をしても綺麗に躱し、攻撃を防いでくる。だが隠形鬼にも自然と疑問が沸いてくる。何故、攻撃してこないのかと。
「お前、攻撃出来ないのか?」
「さぁね? 君が攻撃パターンを研究して機会を伺ってるのかもしれないよ」
(気付き始めたか…。そろそろ攻撃しないとな)
賢人は、攻撃を躱しながら一瞬の隙を探していた。
「お前の冷静さは、嘘か真かわからなくなるな。戦いに慣れた性格をしている」
「褒めてくれてるのかな? 有り難く受け取っておくよ!」
次の瞬間、賢人は拳に霊力を込めて隠形鬼に向かって攻撃を仕掛けた。咄嗟の攻撃に隠形鬼も驚いたのか躱す事が出来ず、吹き飛んでしまう。
(おー当たったか。これで術式がバレなくて済む)
「いきなりで申し訳ないね。君は油断する癖があるのは戦ってわかったよ。祓われるのも時間の問題だね」
隠形鬼はムクっと起き上がって縦横無尽に走り回った。
「お前をただただ殺す!!」
戦いを行方は…。
♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎
-少し開けた場所-
ザザザァァァァァ——
砂埃が舞い、金鬼に引きずられて開けた場所へと連れて来られた九條兄妹。金鬼は脚を止めて、九條兄妹を放り投げる。
ドサッ。
「さぁ戦え!」
金鬼はいきり立っていた。早く戦いたくてウズウズしてる。
「なんやの、この妖わ?」
「大層な送迎の仕方をしてくれたで」
「俺様は藤原千方様に従える四天王が一人、金鬼である」
金鬼の身体は、自慢の筋肉に力を入れてサイドチェストのポージングをする。銅色の光沢ある筋肉、引き締まった筋肉からは威圧感を感じる。
「凪、あの身体…」
「あぁ。ありゃ相当堅いと見えるで。波の矢も弾いたったしな。俺の一太刀が通用するんか試してみよか」
凪は鞘から刀を抜いて、構えを取った。地面に勢いよく蹴り、金鬼の喉仏に向かって突きを放つが刺さらない。なんなら、握る刀からは振動が伝わってくる堅さ。
「またかいな。最近は体の堅い妖ばかりと戦うと気しかせん。波!」
「任せて! もう準備は出来とるから! 貫通術式・退魔の矢!」
波の放った矢は、霊力を帯びて金鬼に向かって飛んでいく。あの大嶽丸の呪力の鎧を一部破壊することが出来た技だ。だがその技ですら金鬼には通用していない。
「嘘やろ⁉︎ 私の一撃を弾くなんて!」
「今ので終わりか? なら今度は俺様の番だな!」
自分の身体を強く叩き始めた。それはまるでゴリラのドラミングのように威嚇しているのか。それとも筋肉に刺激を与えているのだろうか?
「さぁいくぞ!」
近くいた凪の腹に向かって重い拳をぶつけてくる。呪力と元々の硬さが相まってか、その一撃はかなり効く。更に怪我を負っている凪には痛恨の一撃であった。
「ごはぁ…」
(なんや今の一撃。想像より10倍を重たい一撃やないか)
吹き飛ばされたあと地面を転がり、微動だに動かなくなった凪を見て、波は怒りの感情をぶつけるように何度も弓を引いて矢を放った。
だがその攻撃も虚しく、金鬼は矢を弾いてしまう。
「さて、次はお前が俺様の筋肉の前にひれ伏すがいい」
九條双子の命はいかに…。




