不穏な空気
九條家を出た双方の夫妻に風浪は心配をしていた。
「昭仁君、私はあんたが悪いなんて思てへんで。でもな、先の夫妻…心配やわ。酷い顔しとった。あんな強い負の感情見るんは、いつ振りやろか?」
「…強い負の感情。一体どうなるんですか?」
強い負の感情を持つと妖が寄り付くようになる。そして負のエネルギーを糧にしてより強い妖が誕生する。その際、人間は生気を貪られ死ぬ。ある意味その者が妖になるようなものだ。
「死ぬのも時間の問題やろなぁ」
「そんな…」
「とにかく落ち着きさえしたら、酷いことにはならんとは思てるけど…。祈るしかあらへんね」
(どうして…? 何でこうなったんだ? 俺が怪異師になってから運命の歯車が狂ったのか。誰が、誰が悪いだ。俺自身が呪われているのか? 人を傷つけることが無かったとは言えない。俺が死ねば…俺が死ねばそれで解決するのか⁉︎)
無言で色々考えてはいるが、様子は明らかにおかしい。焦点が合っていない。
涼月は昭仁が何を考えているのか憶測出来ていた。
「くだらないこと考えているだろ。目を覚ませ! 何で怪異師に誘ったか教えてやるよ。お前には、父の悲願である三大悪妖怪を倒す力があるかもしれないからだ。妖から人々を守れる力があるんだよ」
(俺にそんな力が…。いやあるはずない。だとしたら何故、和真と佳純を助けず逃げた。それがいい証拠だ)
「そんな力あるわけないだろ…」
弱音を吐く昭仁に涼月は苛立ちを感じ、遂に握り締めた拳で顔面を殴った。
「いい加減にしやがれ! お前がどうこうなんか関係ない。それでいいのかよ! お前の友達は…何で死んだんだ! お前が生きてる理由があるのなら立てよ。立ち向かえよ!」
(立ち向かう。妖にか…。そうだ。和真や佳純は妖に殺された。ここで逃げたら今度は、二人の霊に俺は呪われる気がする。もう二人の霊を妖にはさせない!)
昭仁はキッと目に力を入れた。
「涼月、やってみせるよ!」
「とにかく、お前の償いはこれからだ。俺も手は貸す。無様な格好を見せても這いつくばれ」
(だが、コイツが過去に起こした事件とは何だ? それに呪われた人物だとさっきの人も言っていた。やはり崇徳一族である可能性が高いってことか)
こうして、俺は涼月に叱咤され、安倍家へと連れていかれた。
それは正午の出来事であった。
♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎
その日の夜—。
京都の空は不吉な雲に覆われていた。分厚く波打つ形をした雲に、妙な明るさが残る夜であった。体にビリビリと不気味な気配を感じる。
すぐさま異変に気付いた涼月は九條家へと連絡をいれた。電話をしてるいる涼月に近づく影がある。
「お兄ちゃん…怖いよ」
陽だ。
涼月の服をギュッと掴んで怯えていた。と思いたいが、彼女はこれを好機と思い涼月にくっ付いているだけだ。
いつ如何なるときでも、兄に甘えたいが優先される。それが陽だ。
(へへーん。今は雅ちゃんがいないからね。お兄ちゃんは私の物よ。あーお兄ちゃんの匂い好き!)
一方、九條家では怪我をした凪を引き止める母の姿があった。
「凪! あんたは行ってはあきません。そんな身体で何が出来ますの⁉︎」
「まぁまぁ、風浪さん。僕と波ちゃんで凪君は見ておきますから。凪君の実力は確かなものです。戦力としては欠かせないんですよ」
「せや言うても…。まだ怪我も完治してるわけやあらへんし。やっぱり行かん方がええ!」
「母さん、行かせてくれへんやろか。俺だけ黙って待ってるなんてこと出来へん!」
「……仕方ないな。これも父さんの血を譲り受け取る証拠や。これだけ持っていき」
風浪が渡したのは、八尺瓊勾玉であった。
「こんなことに使たらアカンのはわかっとるけど、月詠様の御加護があらんことを」
「母さん、堪忍な。絶対生きて帰ってくるさかい」
凪は八尺瓊勾玉の首にぶら下げて出発した。晴明神社に向かうと既に涼月たちが外で待っていた。そのには昭仁の姿もある。
「涼月兄ちゃん、遅れてもた。堪忍して」
「凪⁉︎ もう大丈夫なのか?」
「こんな状況で指咥えて待っとるのは性に合わんってことやで」
「凪君のことは心配いらないよ。波ちゃんと二人で見てるからさ」
「賢人さん。本当に手伝ってくれるんですか?」
涼月は怖い顔で睨んだ。流石の賢人もここまでの嫌われように苦笑いするしかなかった。
「口では信用得るのは難しいからね。働きで示すしかないと思ってるよ。同業者として別々の道を進むのはよくないからね」
涼月は何も言わず黙って気持ちを飲みこむしかなかった。
「それより、妖は? 俺は何をすればいいの?」
昭仁は不安の余りにオドオドするしか出来なかった。
「僕の力で妖を探してみるよ」
賢人は一度目を瞑ってから、目を大きく見開いた。相伝術式の一種の技で数キロ離れた呪力も識別することが出来る。
「大きな呪力を持った妖が四体こちらに向かって来ている。しかも…異常な速さでこちらに来ている」
「じゃ、じゃあこの異様な雰囲気もその四体の妖が原因なんですか?」
「だろうね。かなり強いよ」
「とにかくここに居ても意味はない。俺たちも行くぞ!」
昭仁たちは、向かってくる妖を迎え討つこととなる。




