呪血
5月4日—午前6:30—
ピピピッピピピッピピピッ——。
和室で寝ていた陽と波は鳴り響く目覚ましの音で起床する。陽も波も起きてすぐに体を大きく伸ばす。だが、身体は鉛のように重たく、妙な痛みもあちこちにある。
「ふぁぁぁ…。ん〜身体が重たいで。それにあちこち痛ーてしゃーないな」
「陽も一緒。昨夜は死ぬかと思った。ってあれ? あの人は?」
陽は昭仁がいない事に気が付いた。
「トイレにでも行きはったんやろ」
昭仁の心配は微塵もなかった。廃人になった人の面倒を見てくれと春晶から頼まれていたが、何をどうしていいのかもわからないし、ほっておいても大丈夫だろうという甘い考えでいた。
—午前7:00—
陽は部活に向かうと行って、自宅へと戻ってしまった。波は朝食を食べ、凪の様子を見たあと、自分の部屋でゆっくり過ごしていた。
—午前7:30—
「そういえば、あの人…昨夜から何も食べとらんかったな。朝食だけでも食べて貰わんと困る」
波は台所へ行って、昭仁の朝食を準備済ませると和室へと向かった。襖を開けると、昭仁の姿はそこにはなかった。
「あれ? どこ行きはってんな?」
波は朝食を部屋に置いて、風浪に昭仁を見てないかを尋ねた。
「お母さん? あの人知らへん」
「あの人? あーもう一人男の子。お母さん、知らへんで」
「えっ? 知らへんの。どこ行きはってんな」
波は、家中を探し回ったが昭仁は見つからなかった。だが、玄関には確かに昭仁の履いていた靴はあった。
「嘘やろ。裸足で外へ? これはアカン。マズいことになってもた」
波は、昭仁がいないことを風浪に伝えると、急いで市内を探し回った。
「出てたとしたら、こんな広い中見つけるんわ、無理な話やで。近くにおってよ」
祈るように波は走り回った。
♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎
時は少し遡り。
5月3日—午前2:10—
草木も眠る丑三時。
昨夜に、昭仁は何かに取り憑かれたかのように、ひっそりと九條家から出ていた。その意識は既に無くフラフラとどこかに向かっていた。
「和真…佳純…」
ずっと和真と佳純の名前を呼びながら、自分たちが襲われた場所へと向かっていた。
現場には、まだ大量の血が地面を真っ赤に染めていた。昭仁はその血の上に倒れ込み、狂ったかのように何かをかき集める仕草をしていた。
「和真、佳純、俺だよ、昭仁だよ。返事してくれよぉ…」
「ほぉほぉほぉ。無様ですね」
暗闇から現れたのは、何時ぞやのぬらりひょんであった。一人になった昭仁を狙ってやってきたのだろうか?
「あぁぁぁ…」
昭仁は、ぬらりひょんに気付くことはなかった。周りなど見えていない。そこにはもういない、和真と佳純の幻覚だけが見えていた。
「では、アナタの血と肉は私がいただきましょう。アナタの流れるその血は、我々と同じモノなのですよ」
ぬらりひょんは、刀抜いて昭仁の左腕を斬り落とした。昭仁の斬り落とされた腕からは、大量の血が流れ出てくる。痛みによって、昭仁は一瞬だけ意識を取り戻した。
「あぁぁ…ぁぁぁああああ」
痛がり転げ回る昭仁を横目で見ながら、ぬらりひょんは斬り落とした左腕から滴り落ちる血を舐め取り、人肉を頬張るように食べ始めた。
「これで、私の力も覚醒するのです! 怪異師共に恨みを晴らし、邪妖怪へとなり名を轟かせるのです! ヒョヒョヒョヒョ!!」
ぬらりひょんは叫んだ。
一端の妖ではなく、恐れ慄かれる妖を夢見て、怪異師たちに恐怖と絶望を味合わせる最凶の妖になること。
「力を手に入れた際には、真の妖怪総大将として百鬼夜行を実現させてみせましょう!」
妖怪の総大将を夢見るぬらりひょんの身体に異変が起きる。
「おぉ! これが真の呪いの力! 感じますよ。身体の内側から感じる…ってあれ?」
ボタボタ——。
ぬらりひょんの身体は、徐々に溶け始め、肉片が地面に落ちる。
「なんだ…身体が熱い…。溶ける…私の身体が溶けとる…」
慌てふためいたぬらりひょんは、昭仁が立っているのに気付いていなかった。その身から流れ溢れ出るものは、ぬらりひょんの数百倍もの妖気であった。
「小物め。余の力を奪い取れるとでも思っておったのか? 舐められたものよ。この血は一族しか適応せぬ。貧弱な其方の身体では当然の結果よ。返して貰うぞ、余の力を!」
昭仁の姿をしているが、声も性格も全くの別物。崩れゆくぬらりひょんを体を喰らい付くように食べ始めた。そして切り落とされた左腕を呪力で修復した。
「しかし、世も喧騒な時代になったものよ。この地が京の都などとは到底思えぬ。それに何の力も持たぬゴミどもが蛆虫のように湧いておる。余を陥れた怪異師や皇族どもは必ず根絶やしにしてくれる。じゃが、この男に怨み辛みの感情が足りておらん。余の復活のためにも、強い感情を持って貰わねばな。ぬっ? 意識を取り戻しよる。再びその時を待つとしよう」
昭仁の中に宿る崇徳上皇が再び眠りに着くと昭仁の意識が戻る。
「和真…佳純…どこだ。どこに行ったんだよ? 返事してくれよ」
そして再び、昭仁はヨロヨロと歩き始めて、闇の中へと姿を消した。




