死闘の後
大嶽丸の戦いを何とか切り抜けた陽と九條兄妹。
陽と波は昭仁と凪を九條家まで運んだ。
「お母さん! 凪が…」
家の中で帰りを待っていたのは、母である【九條風浪】であった。
「また無理してんな! 凪はお母さんが見るさかい、アンタは向こうで休んどき!」
風浪は平成神宮寺の娘であり、一般人よりほんの少しだけ霊力を持っている。結婚してから怪異師となった人物だ。固有術式は【寛解術式】。完治させることは出来ないが一時的に癒すことが可能なヒーラー的存在。
凪を預けたあと、昭仁を椅子に座らせて波と陽は一息をついた。
-午後八時四十五分-
プルルルル…プルルルル…。
波の携帯電話に着信音が鳴る。
画面を見ると【九條時継】と書かれた文字が浮かんでいた。
「お父さんからやわ」
「もしもし、お父さん⁉︎」
「どないしてんな? ワシが忙しいの知っとるやろ?」
「それどころやない! 大嶽丸が復活してもた!」
時継の携帯から波の大きな声が漏れ出てしまっていた。その声は近くにいた、春晶の耳にも届いていた。
「波、ちょっと落ち着かんか。状況がよーわからへんさかい、一から説明してもらわんと困る。それに少し声のトーンを落としてな。ホンマなら聞かれたらアカンことや」
「ご、ごめんなさい。堪忍して」
「それとちょっと待って。春晶さんにも聞いてもらうさかいに」
時継は春晶を手招きして呼びつけた。
「やぁ、波ちゃん、元気かい? 今の話は本当かい?」
「ホンマです! 急に妖気が解き離れて…それで凪が見に行ったら、扉が開いてもてて」
「春晶さん、昨日の今日ですよ。封印が解かれることなんてあるんですか?」
「いや、それはあり得ない話だね。それより八尺瓊勾玉はどこに?」
「それなら凪がちゃんと持ってます。お母さんに預けてます」
「無事か。それは良かった。可能性としてだか思い当たる節が一つだけある。だがそれは口外することは出来ない。時がくれば話すよ。とりあえず、時継と現場は見に行くよ」
「そんで波は無事なんか?」
「ウチは無事やけど、凪は怪我をしてもてる…。今はお母さんが見てくれてる。それに陽も助けに来てくれたから」
「大嶽丸はどないしたんや?」
「大嶽丸はどっかに逃げてもたで」
「そうか…。被害は?」
「被害は出た後やった。一般人が襲われた跡があって、でも一人だけ助けてんけどなぁ」
そう言って…昭仁と陽を画面に映し出した。それを見て春晶は驚いた表情を見せ、大声を上げてしまった。時継はその声にビクッとした反応を見せた。
「波ちゃん! 彼は大丈夫なのかい⁉︎」
「え、えっ? 命に別状はないんやけど全然反応せーへんねんかぁ。お人形さんみたいになってもてる」
(昭仁君…。君はやっぱりそうなのか?)
「大嶽丸は何か言って無かったかい?」
「いや、何にも。でもウチら怪異師のこと知らんへんかったで」
「あぁ。それは怪異師が誕生する前に封印された妖だからだよ。ごめんなんだけど彼をよく見ててくれないか。私の知り合いでね」
「うん。わかったわ。あとお父さんも春晶さんも直ぐに帰って来れへんの? ウチ…不安や」
「京都に残るのは九條兄妹と陽だけか。雅ちゃんはお父さんの代理で来てるから、ここを離れるワケにはいかない。となると涼月を京都に向かわせるか」
「涼月さんだけ?」
「ごめんだけど、早くても五日の夕方になるね。涼月は明日の昼には着くようにするから」
「波、涼月君でも十分やで。それに直ぐに大嶽丸が襲ってくるとは思われへんから安心してええんちゃんかな」
「……わかった」
「じゃあ、切るよ。まだ忙しいから」
ピッ!
携帯電話から、春晶と時継の姿が消えると波は直ぐに不安になってソワソワしてしまう。
「してどのようや解答を?」
「帰って来れるのは明後日の夕方やって。でも涼月さんは明日の昼には着くんやて」
「え? お兄ちゃんは帰って来るの⁉︎ やったー!」
陽は涼月が帰ってくるだけで嬉しくて仕方なかった。
「陽はホンマ気楽やな。それでこの人やけど、春晶さんが面倒見てくれって。陽はこの人知ってんの?」
「この人は闇の住人。光の世界に生きる陽とは住む世界が違うわ。それに魂の波長に乱れもある。ダメかもしれないわね」
「知らないってことね。ほな、このまま家に居てもらおか。この様子やと何にも出来へんやろし」
波と陽は、リビングに布団を敷いて眠りに着いた。この後、昭仁の姿を見た者はいない。




