式神使いの女
凪と波は必死だった。
高校生の若輩者がいくら束になっても、大嶽丸には歯が立たないからである。
「アカン。なんで父さんも春晶さんもおらん時に復活しよったんや」
「涼月さんや雅さんもおらんし」
最強怪異師である春晶は東京に出張。父・時継も同じであった。頼れる先輩怪異師も同伴で東京に…。
完全に頼れる人がいない。
「死にとーないが…俺たちじゃ…ハハ…敵いそうにないんかぁ」
「そんなこと言わんとって凪! 死ぬなんて許さへんよ」
「そうよ! 陽がいるじゃない!」
どこからか別の女性の声が聞こえてくる。
凪と波は声のする方へ目を向けると、ビルの上に立っていたのは、安倍家の長女である陽であった。
「闇ある所に光あり! 闇を切り裂く存在、安倍陽、ここに見参!」
「ひ、陽⁉︎ どないしてここに」
「ヒーローは遅れてやってくるのよ。それに仲間である凪や波のピンチを華麗に救うのが陽って女でしょ!」
この女、安倍陽は涼月の妹である。陽の厨二病はまたの機会に説明するとしよう。
陽はポケットから紙を取り出す。
「ここからは陽の時間よ。我が最強にして可憐な眷属! 天将招来。玄武、召喚!」
玄武。その名前から想像されるのは四聖獣である亀のようなもの。だがその姿はねずみである。どこにでも居そうなねずみにしか見えない。
紙切れから、十センチ程の一匹の可愛い白ねずみが召喚された。チューチューと鳴きながら、首を振り辺りをキョロキョロと見渡している。頼りになるようには見えない。
「あー玄武! 本当に可愛いんだから。よしアイツをやっつけて!」
陽の指示に従い、トコトコと走り出すが一瞬で踏み潰されてしまった。なんとも非力で弱い式神なのか。
「フッフッフッ…潰したわね! さぁここから玄武が本領発揮するんだから!」
踏み潰されたはずの玄武は二匹に増えていた。大嶽丸は、増えた玄武を次々に踏み潰してゆくが、二匹が四匹に。四匹が八匹に…。どんどん数が増えてゆくではないか。
「これが玄武が持つ能力。潰した分だけ増えていく。ねずみの繁殖を舐めんじゃないわよ!」
大量に増えた玄武は大嶽丸に次々に張り付き、噛みついて身体に覆われている呪力を喰いちぎっていく。
「ぬぅぅぅぅ。矢の次は鼠か! 鬱陶しいわ! 潰して増えるのなら雷に撃たれて焦がれるがよい!」
黒雲から雷電風雨が降り注ぎ、玄武は雷に撃たれると消し炭となって次々に数を減らし消滅してしまった。
「あぁー! 可愛い玄武たちが…」
玄武は餅のような体質を持っていて、潰されることで繁殖するのだが、燃やされたりすると消滅してしまう。
「いや、陽の式神は十分やったで。見てみ、呪力は弱なってる。もっぺんやってみたるさかいな!」
血だらけになった身体に鞭を打って、凪は再び刀を強く握り構えをとった。
「居合一陣…『夕凪!』」
夕凪は、霊気の斬撃波であるが見えないため、相手に気付かれない技である。
波と陽の攻撃によって呪力の鎧を剥がされた大嶽丸の身体に凪の一撃が決まる。
見えないため、身体に当たって始めて攻撃されていることに気付いた大嶽丸。斬られた部分からは白い煙が上がる。呪力の破壊に成功して、一部を祓うことに成功した証であった。だが満身創痍の凪にとって今、居合技を使うのは大きな代償があった。
「がはっ…」
「凪!」
波は吐血する凪の身を案じてギュッと抱きしめる。
「これ以上はアカン。凪が死んでまう」
「やけどな大嶽丸は、まだ…祓えきれてへん。せめて退かせんとアカン」
「何勘違いしてるの⁉︎ まだ陽の戦闘局面は終了してないわ!」
陽は再び紙を取り出す。
「天将招来! 騰蛇、召喚!」
騰蛇。それは炎を纏った蛇。
「紅蓮の炎に抱かれて死ね!」
騰蛇は大きな身体をウネらせて地面を滑るように進む。通った道には焼けた跡が残る程である。大嶽丸の身体に巻き付き、焼き締め殺そうとする。
騰蛇の霊力と大嶽丸の呪力が激しくぶつかり合う。
だが大嶽丸が一筋縄でいかない存在であることは、誰も知っていた。
「ぬぅぅぅぅ!」
大嶽丸が呪力を爆破させると締め付けていた騰蛇は、パンッ!と音を立てて破裂して消えてしまった。
「甘く見ておったわ。呪力が鈍っておる上に我の知らぬ不思議な力を使う人間がいるとは。この傷も癒さねばならぬ。一度退くとしよう。命拾いしたな、不思議な力を使う若造共! 次はこうはいかんぞ」
大嶽丸は、黒雲に乗り、東の方角へと去ってしまった。大嶽丸が去ったことで、三人の緊張の糸がプツンと途切れた。陽はヘタり尽くし、凪は意識を失った。波は未だに恐怖から抜け出せず、意識のない凪をギュッと抱きしめていた。
そしてずっと俯いたまま動けないでいる昭仁も命拾いしていた。だが心のダメージは大きく、廃人化としてしまっていた。




