25 種明かし 3
「でしたら尚のこと、疑問がありますわ。それほどの力を持つジン様がなぜ命を狙われたのでしょう? 確かに集団でかつ遠距離攻撃のみで立ち向かえば勝ち目はあるかもしれませんが、刺客たちも相応の被害を受ける事は火を見るよりも明らかですのに」
「仮にお前や隣にいるアンドレが極悪人だったとしても、あの数は異常だ。……正直に言え、何があった」
ジンの暗殺を見てなお、剣の柄に手を置きながら問いかけるテレンス。場合によってはこれを抜いて一太刀でも浴びせてみせる……そんな意気がある。
(主人の危機となるとなんというか……まあテレンスの言葉通りここは正直に話すか)
対してジンは努めて気にしないようにしつつ、腕を組み苦い表情で答える。
「そこが分からないんだ。行動が別だったソルとテレンスには信じてもらう他ないんだが、俺はこの町で罪になるようなことはもちろん、誰かに恨まれるようなことをした記憶もない」
『そもそも町の人間との交流も最低限のはず。やったことといえばダンジョンの攻略と街の外での魔物討伐くらいか、の』
ううむと悩むジンたちであったが、アンドレの言葉にソルが強く反応した。
「ダンジョンというのは、ここタルバンのダンジョンのことですか!? 最奥のボスはもう幾百のパーティーが諦めたという超難関ですよ!? どれだけ驚かせれば気が済むのですかジン様は……」
「あのなあ……いやまあ、ソル達からしたらそうなんだろうけど。とりあえず、ソルの言うダンジョンボスに関して俺の考えを話すよ」
呆れたような、諦めたような表情でジンは続ける。
「確かに難易度は高いと思うが、正直魔法使いと魔法回復薬を大量投入すればクリアできるレベルだと思うんだ。湧いてくる魔物は物理に強いが魔法にはそこまでだしな」
「お前な、魔法使いや攻撃魔法の魔道具がどれだけ貴重なのかは知っているだろ?」
「勿論だ、テレンス。だから俺は物理で突破した。アンドレと一緒にな。ちなみにやり方はだ……」
サラッとボスと思われたフロアの攻略報告に唖然とする2人に対して、ジンはハードリビングメイル突破の戦術をできる限りわかりやすい言葉を用いて話した。
ただし、アンドレの種族については衝撃的な内容であるために教える事はせず、MPを犠牲に能力を強化する魔道具を入手したということにしておいた。
「ジン様が“超反撃”を使い、その上でアンドレ様が能力を強化してハードリビングメイルたちを倒す……作戦は理解できましたが、にわかには信じ難いですわ」
「なるほどな……もしよかったらなんだが、実際に突破するところを見てみるか? それなら信じられるだろ。元々今日は修行がてら行く予定だったしな。どうする?」
頭を抱えるソルに対して、ジンは行きつけの店に一緒に行くか、くらいの気軽さで提案する。
2人が何やら痛いヤツを見るような目になっていたが……最初にアンドレが行ったように、通路の外側で待ってもらうなら問題ないということになった。
『のう、ジン』
アンドレは何体目かわからないハードリビングメイルを斬り伏せて、背中合わせで立つジンに問いかけた。
「あんまり余裕はないが……どうした?」
『先程の2人に話した、我らが襲われた理由。分からないと言ったな?』
「ああ、そうだな……!」
ジンは言葉を切ると一気に駆け出し、バックカウンターで敵を1体倒して戻ってきた。
最初の頃と比べてジンもアンドレもレベルが上がっているため、全力を出さなくても良くなった。お陰で思考や体力に多少の余裕ができている。
「んで、続きは?」
『ジンの推論はどうなのだ?』
短く言葉を切った後、アンドレはジンの左側面から迫る敵を斬る。ジンもジンで、右側面から迫った敵をすれ違いざまに攻撃した。
『お主はこれまで、結論が出ずとも考えは話してくれたから、の』
「……流石に一緒に旅してきたアンドレにはバレるか。一応これだってのは心当たりがあるが、色々仮定のところが多いから話半分で頼むなっ!」
言いながらもジンがハードリビングメイルを切り裂き、第1Waveは残り1体となった。こうなれば突破したも同然である。
「インターバル30秒じゃ話が終わらないだろうからな……ソルたちには悪いが時間稼ぎをさせてもらおう」
ジンは最後の1体へ少しづつ距離を詰め、そして歩みを止めた。
ハードリビングメイルの“ある程度敵に近づかれたら迎撃姿勢をとる”という性質を使い、睨み合いの状態を意図的に作り出したのだ。
ジンはそのまま敵の動向に気をつけながら大きく一息付き、アンドレやさらに後ろのソルたちに背を向けた体勢のままで話し始めた。
「仮定1、俺たちがやったのはタルバンのダンジョン攻略のみ。仮定2、俺たちがこの階層を突破したことをソルを襲った人物が知った。仮定3、その人物が殺し屋に俺たちの排除を依頼した……この順序なら俺は筋が通ると思っている」
ジンは呼吸を整えながらも、指を3つ立てて数を数えた。それからすぐに指を握り拳の中に戻し、再び1から数え直す。
「ただ、そうなると分からないことがそれぞれ出てくる。1つ、タルバン以外……例えばモルモでの出来事が尾を引いている可能性。2つ、このフロアを突破したのが俺たちだと突き止めた根拠。3つ、タルバンのダンジョンを突破させたくない理由……だな。整理はできてるか?」
『うむ……なんとか、の』
「じゃあ続けるぞ。それぞれの推論もあるけど、長くなるから簡単な3つ目だけ。ダンジョンを突破させたくない理由は、ここのボスのドロップが関わってるんだ」
『それはなんとなく予想がついておったが、それほど強力なものなのか?』
「ああ。俺の知識が正しければ、ソルを襲った疾風魔術師という職業にとって非常に厄介な物が落ちる……けどなあ……」
ジンは立てた指を再度戻しつつ、腕を組んで、いや、でも……などと呟き始めた。
待てば何か答えが出るかもしれないが、アンドレは助け舟を出す気持ちも込めて、疑問に思ったことを口にした。
『何が問題なのだ? ここを突破して道具が手に入れば、敵の喉元に刃が届くのだろう?』
「その通り、だからこそおかしいんだ。まるでここを突破してくださいと言わんばかりな状況……例えば同じ魔術師でも、別の属性を操る魔術師に襲撃を任せていたならこんなことは考えもしない」
『言われてみれば確かに……だが偶然ということもあろう?』
「それもそうなんだよ。言っただろ、色々仮定のところが多いって」
EWOをはじめとした各種オンラインゲームにおいて、ストーリーを進めるか課金をすればプレイヤーに有利なアイテムが手に入る、というのは常識と言って良い。
これが『風の巫女を救え!』を完璧になぞっているのなら問題は無いが、このダンジョンはタルバンという町ができる前から存在しているとジンは考えている。
町民と冒険者を明確に分ける二重の防壁や商店の並び方など、町の構造自体がダンジョンの存在ありきで成り立っているからだ。
(もう『風の巫女を救え!』通りに進んでるとは考えないほうがいいよな……とはいえ、それはそれで違和感が残る)
「なあアンドレ、俺が2人の偽物を看破した理由は覚えてるよな?」
『無論だが、突然話題を変えた、の。どうかしたか?』
「敵が、俺が職業に詳しいことを知ってたってことは……少なくとも俺たちの会話が盗み聞きされて、それを敵に伝えたと考えるのが自然だよな?」
『我らの中から裏切り者が出た……と言いたいのだな? 気休めにもならぬが、本当に済まない』
アンドレは唸りながら、仮面を叩いてジンに向かって腰を折る。
ジンはその姿こそ見えないが、自分よりも低い位置から聞こえてくるアンドレの声で、彼が謝っていることを察した。
「その可能性はあるかもしれないけど、俺は多分ないと思ってるから気にするな」
『……む? どういうことだ? 我を糾弾するわけではないのか?』
「そんなわけないだろ。俺が言いたかったのは、低レベル盗賊の目を欺けるほどの相手が敵の中に居るってことだ。そしてそいつは、疾風魔術師とは別の人物だろう」
言いながら、ジンの脳内にいくつもの職業の名前が並ぶ。
だがこの世界での魔法やスキルの効果が異なる可能性もある以上、どれも決定打に欠けるとも考えている。
「これはソルたちに会話を聞かれたくない理由にもなるが……俺はその人物が、ルミオン伯爵家の人間だと考えている。それに例の【闇の眷属】が関わるとなると……」
『確かに……眷属の件は忘れておったわ。あれはおいそれと話せることではない、の』
【闇の眷属】とそれらを統べる“魔王”の存在は、簡単に話して良い内容ではないというのがジン、アンドレ、そしてここには居ないジェフの考えだ。
「まあそれすら盗み聞きされてる可能性はあったが、マズイ情報ならそれこそ魔王の力で本気で消されるだろうしな」
ジンはそうアンドレに語りつつ、これまで得た知識と情報を脳内に広げる。
(特定の人物およびエリアの監視はできたとしても、魔物にスキルを与える力となると……そんなスキルは職業に存在しないぞ? この世界独自の魔道具だろうか? それとも)
「って流石に限界か!」
しびれを切らしたのか、時間稼ぎに気がついたのか分からないが、ついに最後のハードリビングメイルが動き出す。一気に懐に飛び込み勝負をつけるつもりのようだ。
「だが、それでも遅いぞ」
剣に鼻先をかすめるほどギリギリの距離で、ジンは攻撃を回避する。そのまま横にずれると、前に出てくるのは頼れる仲間。
『ハッ!』
アンドレの剣が振り抜かれると、ハードリビングメイルはその籠手から武器を手放して倒れこみ、そのまま動かなくなった。
『まだまだ聞きたいことはあるんだが、まずは戦いに集中するか、の』
「俺も話したいことがいっぱいだが、とりあえずはお預けだな」
2人が見つめる先に、合計20体のハードリビングメイルたちが忽然と姿を現した。
既に戦い慣れた敵ではあるが油断は禁物。2人はそれを確認するように一度顔を見合わせて、武器を構えた。




