17 情報の統合と風雲急
『それで結局、丸2日ほどかかったというわけか、の』
「そういうことだ。……行く度にロクなことが起こらないから、もう冒険者ギルドに行くのをやめたいくらいだ」
『冒険者ではない我が口を挟めるようなものではないが、別の手段で金が得られるなら別に良いのではないか、の?』
「それができないのが痛いって話なんだよな。今は出張買取があるからなんとかなってるけど……はあ……」
ジンのため息に、アンドレがくつくつと笑う。
今はまだ日が昇って間もない時間、街は賑わいを見せていない。そんな中アンドレはジンの泊まっている部屋まで戻り、朝食までの時間を使って情報共有を行なっていた。
ひとまずジンから話し始めたのだが。
冒険者ギルドへの報告後、担当者の引き継ぎやらなんやらで無駄に待たされた挙句、結局ジンと冒険者ギルド職員が町を出ることになったのはなんと翌日の朝。
結果としてインプの討伐は認められ、さらには道中に出てきた魔物たちも軒並み倒したためにかなりの額の報酬を貰うことができたが、それだけだった。
金で苦戦する相手を倒したからといって、銅から鉄に上がるようなこともなかった。
ランクアップについては、依頼の処理をしてくれた職員(最初の失礼な職員とは別)曰く、ギルドへの貢献度がまだまだ足りないとのこと。
具体的に足りない部分は教えてくれなかったが、その口ぶりから多数の依頼達成が必要に思えた。
「まあ俺が3日でやれたのはそれくらいだよ」
報告がひと段落したところで、宿屋の扉がノックされる。向こうから若い男の声が聞こえてきた。
「お食事をお持ちしました」
「は? 頼んでない……」
『いや、我が頼んだ。今行く』
アンドレが手と言葉で制し、扉を開ける。そこにはバスケットを両手で持った青年が立っていた。
あの中に食事があるのだろうが……彼のスケルトンの身体は“寝食不可”。食事は全くの無意味であるはず。
「いい食事処を見つけたからお土産に、ってわけじゃないんだろ?」
『うむ。此奴はモルモで主に活動をしておるが、モルモからタルバンへの伝令の役割を担っておる……が、まずは腹ごしらえをして欲しいと思っての。ついでに持って来させたのだ』
アンドレの有事という言葉に、ジンの背筋が自然と伸びる。紹介された青年はジンに向かって浅く腰を折った。
モルモの倉庫で見た防衛班のメンバーたちと同じように、一見するとやはり普通の青年だ。
「初めまして。報告が長くなるかもしれない、ということでアンドレさんから食事を持ってくるよう依頼されました。お召し上がりになりながら、報告をお聞きください」
青年は部屋のミニテーブルの上にバスケット置いて開く。
中身は具がぎっしりのサンドイッチと透明な液体が入ったボトルだった。
「そういうことなら頂くが……なんだか変な感じだな」
言いながらジンはサンドイッチを口に含む。
そこでジンが感じたのは、野菜たちのザクッとした食感、ソースの酸味、チキンに近い肉の旨み、そして最後にやってくるパンの小麦の香り。
それらを感じていると、水を飲むのも忘れてあっという間にサンドイッチ1つ分を食べ切ってしまった。
(ものすごい人気店の料理なのだろうな……いつか店で食べてみたい)
テイクアウトの温かくない料理でこれ。実店舗で食べるものは……推して知るべし。
ジンが一息つくと、バスケットを持ってきた青年が尋ねてくる。
「そろそろよろしいですか? 私はジンさんに直接報告をしろ、とオーナーからの命令がありましたので参上した次第です」
「オーナー?」
『ボスの表向きの顔だ。いくつかの町に支店のある料理店のオーナーをしておる。この食事もオーナーのレシピだったはず』
「……マジで? 義ぞ……本業がある中でレストランの経営って多才すぎない? それにめちゃくちゃに美味かった」
一口でこの料理を作った人のファンになって知る事実に、危うくジェフの本業を口から滑らせそうになる。
『うむ、我は食事ができぬのだが他のメンバーは口を揃えて美味いと言うから才はあるのだろう。今度行ってみると良い。タルバンでは確か……』
「あの、報告を続けたいのですが……」
『おお済まぬ、の』
「いえいえ、こちらこそ会話を切ってすみません。では改めまして……オーナー曰く、ソルシエール・ルミオンとその護衛テレンスがこの町に向かっているとのこと。目的はジンさんのタルバンからの引き離し、だそうです」
「あいつらが? ああいや、とりあえず続けてくれ」
そう言いながら、ジンは無意識に新しいサンドイッチを頬張り始める。
「わかりました。ジン様も分かると思われますが、ソルシエール殿は自身の屋敷への連れ戻しという危険がある中でこちらに向かってきています。タルバンに滞在しているなら早急に会ってほしい、とのことです」
「んぐっ……町で変にうろつかれるのは危険だから、とっとと合流して匿えってメッセージかもな」
ボトルから水を飲みつつジンは答える。ほのかに香りのする水に、あの漢からは全く感じられないお洒落さを感じてしまった。
『お節介のオーナーらしい、の』
「本当、離れてても気にかけてくれるなんてな……ちなみに、彼女たちはあとどれくらいで到着か予想できるか?」
「すぐにモルモを発ったのであれば、今日の日中で到着だと思います」
ジンの質問に、青年は間を置かずに答えた。
「徒歩でモルモを出ていましたからね。強行軍であっても今日の朝が限界でしょうし、そんな無理なことをあの男はさせないですよ」
「あの男……テレンスのことか」
青年が頷く。
テレンスのソルへの気遣いや主人第一の思想・行動は本物。主人へ無理をさせるような人間ではないが、
(それでも、ソル殿が『急げ』と言ったら急ぎそうな気はするけどな)
ジンは心で苦笑いをする。
「とりあえず連絡内容は理解できた。迎えに行こうとも思うが、どう動くと思う?」
『その2人がか? タルバンに来るというのは確定事項で……ああ、具体的な入町手段の事か』
「そうだ。そもそも2人が馬鹿正直に門から町に入るとは思えない。仮に抜け道を知っていたとしても、伯爵家の裏切り者もその抜け道を知っていてもおかしくないし、知っていたらそこの警備を最も厚くする。ソルだってそう読むだろう。何か策があってこっちに来ていると思うんだが……全くわからん」
「ソルシエール嬢は“認識阻害”の効果を付与された布を身に付けている、という情報はありますが……アンドレさんのような器用なことはできないはずです」
ううむ……と3人が黙って頭を悩ませているところで、激しい足音が部屋の外階段を誰かが急いで駆け上がってくる。
(何かあったのか……?)
部屋の3人は少し様子見くらいの雰囲気でいたのだが、直後一気に緊張が走る。
足音がジンたちの部屋の前で止まったのだ。
ジンがナイフに手をかけつつアンドレを見ると、彼もまた剣に手をかけていた。
青年は武器を持っていないが、2人の邪魔にならないよう部屋の隅で息を潜めている。
どうやら、2人も知らない来客らしい。
「ジンさん! アンドレさん! 大変です!!」
叫びと共に扉が何度も強く叩かれる。
ジン達の名前を知る男の声に、安堵とともに別の緊張感が高まる。アンドレは即座に扉を開け、男を中に通した。先に来た青年よりも裕福そうな格好をしているが、余程急いで来たのか乱れに乱れまくっている。
『どうした、何があった?』
「アンドレさん! 大変なんです!」
その後扉の向こうから発せられた言葉は、ジンの予想斜め上の内容であった。
「令嬢を発見しました! 場所はタルバンのダンジョン周辺です!!」