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12 盗賊の残したもの ー中編ー

長くなるので区切ります。

「まいどどうもね! お兄さんも次は頼むよ〜」


 ハッハッハ、とソルたちの目の前に座る商人が笑う。


 結局2人は、ソル用に淡い緑の服を購入した。テレンス用のサイズもあったがそもそも着る気が全くなかったために断った形だ。


「その代わり、何か別の形で同じ額は支払います。ですので……」


「わかってる。情報はきっちり出してくれってことだろ? 商人は約束を守る生き物だから心配するな」


 男は更に笑みを深くし、ソルの買った服を丁寧に畳み始める。


「それにしてもあんたらとその黒髪の冒険者、一体どういう関係なんだ? 2人は(アイアン)なのにそいつは(ブロンズ)かもしれないんだろ? だったらキャリアが離れ過ぎている気がするんだが……ほれ商品だ。ああ、答えたくないなら答えなくて構わないぞ。商人の雑談だと思ってくれ」


 男が服を渡しながら語るように、(ブロンズ)(アイアン)は1ランクとはいえかなりの隔たりがある。


 直接的な原因は職業(ジョブ)のレベルだ。


 功績にもよるが、一般的な認知としては(ブロンズ)が1〜5、(アイアン)は5〜10程度だと言われている。


 その上この世界では、レベルアップにはかなり時間がかかる事が共通認識として存在する。


 EWOのように蘇生方法が確立されていないのがこの世界。死の恐怖を聞かされた、あるいは目の当たりにしたことのある冒険者ほど安全マージンを取りたがる。


 結果、死なないために武器よりも防具を優先し、攻撃を分散させて逆にこちらは多く殴るために多人数パーティーは当たり前、という現象が起こっている。


 元廃人プレイヤーであるジンにこれを説明すれば、ただただ非効率だと断言するだろう。


 店売りの武具は、ハクタであればスライムを数百匹倒してようやくマトモな物を買える。それでも買えるのは初期装備に毛が生えた程度の能力しかない。

 労力にあまりにも釣り合っていないのだ。


 更に、魔物から得られる経験値はパーティーの人数で均等に分配されてしまうため、人が多ければ多いほど1人当たりの経験値は少なくなる。

 その上、等分された経験値は端数を切り捨てられた上に最低値が0。つまり、相手とこちらの人数次第ではレベルキャップでもないのに全く経験値が入らないこともある。


 従って多人数であればあるほどレベルアップが遠のいてしまうために、低レベル帯から抜け出すのに相当な時間を要してしまう。

 それこそ例えレベル5から6という序盤も序盤でも、運が悪ければ年単位でかかってしまうことだってある。


「その冒険者は私を助けてくださった方なのです。ですがお礼を十分に返せていないままに立ち去ってしまい……それから今日まで、そう期間は開いていませんから遠くには行ってないと思っていたのですが……」


「こうして聞き込みをしていれば誰かが知っているだろうと思っていたが、成果は芳しくなくてな。店主殿が初めてなのだ」


 そこまで聞くと、ふむふむと店主は腕を組んで首を何度か縦に振る。


「こうしてちゃんと話をする気があるなら、皆話してくれると思うんだがねえ……ま、そこはいいか。おかげで俺も商品を買ってもらえたワケだしな。って丁度いいや」


 男は唐突に言葉を切り、ソルたちの後ろに向かって手招きをした。

 2人が振り返ると、あまり特徴のない男が店主の元に向かってきていた。客であるはずの2人にはなぜか目を合わせない。


「今からこいつらと話してくる。ついでに飯も食うからそこそこの時間空けるぞ。その間に店番を頼む」


「いつもの店ですね。はい、頑張ります」


「……あんまり固くなるなよ、能力はちゃんとあるんだから」


「お客様の前でそんなこと言わないでくださいよぅ」


「悪い悪い」


 消え入りそうな声で話す男の肩を、店主がバシバシと叩く。


 今のやりとりからこの男と店主もまた行商人であることが伺えるが、シャイというか緊張しいというか、客商売に向いていないようにソルは感じた。


 最後に店主と男が頷き合ってから、ソルたちに向き直って立ち上がる。


「おうすまない、じゃあ飯でも食べながら話そうじゃないか。いいところを知ってるんだ」




 3人が訪れたのは住宅地にある小さな食堂。行商人のいる通りからは少し外れた場所にあり、今の時間は出歩く住民が少ないのか閑散とした印象を受ける。


 食堂の客も現在彼らだけだった。


「ふう、今日のランチも旨そうだなあ……んで、知りたいのはその黒髪の冒険者の行き先ってことでいいんだよな?」


 ソルとテレンスが頷くのを確認し、店主はメインであるフライを食べつつ答える。


「じゃあ十中八九タルバンだな。黒髪の青年がこの町を出て西に行くのを見た。その方角にあるデカイ町はあそこくらいだし、その次の町まではかなり遠い。補給も兼ねてまず間違いなく立ち寄るはずだ。ダンジョンへの挑戦も可能性としてはあるだろうが……ランクを考えると現実的じゃないかもな」


 店主の言葉に、テレンスとソルが腕を組んで唸る。


「よりにもよって次の目的地はタルバンか……」


「猶予はそこまで無いかもしれませんわね……店主さん、ありがとうございました。代金はこちらに」


 そう言って硬貨の入った小さい袋をテーブルの上に差し出しつつ、2人は立ち上がる。

 店主は手に持っていたパンを皿の上に置き、慌てて2人の行動を止めに入った。


「待て待て、少なくとも最後まで話は聞いていけ。これは10日くらい前の情報なんだ。まずタルバンには着いているだろうが、補給だけだったら次の町に向かっていてもおかしくない。それにな、そもそもあんたたちが探してる人物かどうかもわからんのだぞ?」


「あの方につながる可能性があるのならそれでも良いのです。加えて時間が経っているのであれば尚のこと急がねばなりません。情報ありがとうございました」


 足早に去ろうとするソルを、店主は止めなかった。

 止めなかったのだが、「こうしたくは無かったが……」と小さく呟いた後、


「で、失踪中のアンタが屋敷のあるタルバンに戻ってまでジンを少しでも早く追う、本当の理由は何だ?」


「「ーー!!」」


 あまりにも唐突に放り込まれた爆弾に、2人の足が自然と止まった。店主の口調も雰囲気も先程までとはまるで異なる。


「どういうことだ……」


 テレンスが盾を左手に取り、鞘に入った剣を右手で掴む。


 テレンスも余裕ある行動とは言えないが、ソルは棒立ちのまま何もできなかった。彼女の頭をひとつの疑問が支配していたからだ。


(この方は一体、どこまで知っているんですの……!?)


 この男には自分たちの、特に自身に関することは何も伝えていないはず。ジンという名前だってそうだ。

 変装も完璧とは言わないが、簡単にバレるものではないことはハクタで実証済み。何故、何故……


「まず、お前たちの正体を見切った理由は簡単だ。そこの騎士だよ」


 ソルの考えを見透かしたように、ただの行商人であったはずの男が語りかける。


「お嬢様、アンタの変装を直接は見破れなかった。恐らく認識阻害の道具を使っているし、顔自体は俺の記憶に残っていない。ただ、お付きの騎士であるテレンスはそれなりに裏で有名なんだ。そっちに認識阻害をしていないのは浅はかだったな」


「……」


「次にジンと分かった理由だが、単純に前から知っていたのさ。黒髪黒目なんてこの国ではまず他に見かけないからすぐにわかる。そして俺はあいつに大きな恩がある。アンタ達はどうにも悪人には見えないから、できれば手荒なことはしたくない」


 店主の右手には、パンやフォークではなくぎらりと光る短剣が握られていた。


 ソルはおろかテレンスさえも、いつから男の手の中にあったか分からない短剣を、男はテーブルに突き刺す。その衝撃でテーブルは大きく揺れ、コップが転げ落ちて割れた。


 その音は静寂な空間に不思議とよく響いた。


「だからもう少し話を聞かせてくれ、頼む」


 そう言って頭を下げる男。懇願とも取れる行動をするが、そこでふとソルは気が付いてしまった。


 確かにこの店に他の客はいなかった。

 通りにも人はいなかった。

 テーブルが大きな音を立てても、コップが割れても、店員1人出てくる気配がない。


 ーーつまり、既に相手の腹の中であるということに。

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