9 アンドレ育成計画
「さて、今後のダンジョン攻略作戦を考えよう」
『うむ』
新しくとった宿屋にて、ジンとアンドレは椅子に座って会議を行うことにした。
タルバンのダンジョン5階層で待ち構えていたのは10体のハードリビングメイル。
物理防御力に非常に優れた彼らを退けたところまでは良かったものの、その後すぐに20体ほどのハードリビングメイルが追加で出現したことにより撤退を余儀なくされたのだ。
「まず前提として、俺のことを知らない冒険者を雇うのは却下だ。日本語のことがバレたらどうなるかわからないしな。まあそもそも、事情を知らないのに少人数で2桁のハードリビングメイルを倒すと聞いて、協力してくれる冒険者は少ないだろうけどな」
腕を組んだまま、アンドレは首肯する。
「とりあえず、今の段階で質問はあるか?」
『ダンジョンに潜る目的は、レベルアップで良いのだよな? ダンジョン以外で行うことはできぬのか?』
まあ尤もな意見だよな、とジンは考えて答える。
「できるが効率が悪すぎる。アンドレもわかると思うが、例えば町の外で数日間彷徨っても、タルバンのダンジョンを5階層まで潜って出会う魔物より数が少ないだろう。それではいくら時間があっても足りない」
『……それは確かに、の』
ジンの答えにアンドレは仮面を指で叩いて返した。
ちなみに、ジンたちが5階層まで潜り帰還するまでにかかった時間は6〜7時間くらいだと2人は予測している。
『より良い武器を得るには、魔物から得られる素材を売り、その金を元手に購入するのが冒険者としては定石。ダンジョンに潜れば店売りより質の高い武器防具が手に入る可能性もあるし、の。唯一の懸念は不意打ちであったが、』
「それは俺が……正しくは盗賊の“気配探知”がさせない」
『……斥候の便利さは身に染みて分かったが、自らが剣士と同じくらい近距離で戦える斥候なんぞ普通おらぬ。ジェフとて表立って戦うことは少ないというのに』
アンドレの呆れに、ジンは返せる言葉がない。
『一先ず現状や、ダンジョンに潜る意義は再確認できた。その上で攻略方法を組まねばならぬのだが……ジンは既に答えを持っているようである、の』
ジンの自身ありげな様子をみて、アンドレはそうあたりをつけた。
問われたジンは苦笑いしつつも強く首を縦に振った。
「もちろんそうだ。でも、その上でアンドレにも考えて欲しい。俺はこの世界のことを知っているが、全てではない。この世界に長く住んだ人間でしか思いつかい方法があるかもしれないからな」
『常識的に考えて、浅い階層と地上との往復くらいしか思いつかぬ。……ええい、勿体つけずに教えぬか』
「悪い悪い、意地悪する気はなかったからその手をどけてくれ」
剣の柄に手を置くアンドレを見て、ジンは笑いながらそれを止める。
「まあ、さっきの言葉は頭の片隅にでも入れておいてくれ。俺はまだまだこの世界の常識には疎い部分がある、今のアンドレの答えから改めてそう感じたからな」
ジンは一度そこで言葉を切り、部屋に持ってきた水で喉を潤した。
「攻略方法だが……前準備としてアンドレのレベルを上げる。それと並行して、2人の武器を入手できればより楽になる。それらを実行するために、」
ジンの宣言は、この世界に住むアンドレにとってはあまりに現実味のない物だった。
「明日からダンジョンに住むぞ」
『ジンよ、何度目かの確認かはわからぬ上今更ではあるのだが……本当にやるのだな?』
「当然。だからこうして荷物を持って来たんだ」
ジンはリアカーを止めてアンドレに告げる。
中身は旅道具……水、食料、テント、火起こし機、薪などなど。
それらほぼ全てが1人分で済んだことを、アンドレの種族特性“寝食不可”にジンは深く感謝した。
彼らがいるのはタルバンのダンジョン1層目。その中でも比較的広く、袋小路になった一角。
逃げ場はないが、逆にいえば侵入口も1つだけ。そこにだけ気をつけていれば不意打ちはない、との考えからだ。
ダンジョンの部屋や通路はプレイヤーが侵入するたびにランダムで生成されるため、ジンはこういう構造の部屋が見つからなかった場合はリセマラをするつもりでいたが、杞憂に終わってくれて安堵していた。
「本当ならできるだけ深い階層でやれるといいんだが、アンドレの成長が目的ならそこまで潜らなくてもいい」
『我の“種族レベル”上げ、であるな。知り合いに亜人間や魔人間が居るか、他の国に産まれていれば楽に上げる方法に気がついたかもしれぬが……』
そう、ジンが第一目標に据えたのはアンドレの種族、スケルトンのレベル上げ。
EWOにおいては、種族レベルと職業レベルとで色々と異なる点がある。
まず、一度キャラメイクが済んでからは課金アイテムを使用しない限り種族の変更ができない。さらに種族を変更した場合、元の種族で得たスキル等は消えてしまう。
従ってサブキャラを実質無限に増やすことができたEWOにおいては、縛りプレイでもない限り種族の変更は行われない。
次に、上位への昇格方法。
職業は一定のレベルと各種条件を満たして、女神像を“しらべる”ことで変更できる。
対して種族は、一定のレベルになると強制的に上位のものに昇格する。
女神を介さないため、図鑑のポストイットにあった指示“祈ってはいけません”に反していないことも育成に踏み切った理由の1つである。
最後に、経験値の加算方法だ。
『職業と異なり、魔物の討伐数のみでレベルアップするとは、の』
「まあ分からなくても仕方ないさ。職業のレベルアップとはほとんどトレードオフの関係だしな」
種族のレベルアップに必要な経験値は、一部の敵を除き倒した魔物1体につき1ずつ加算される。
これは魔物自体の強さに依らないため、ジンはトレードオフ、という表現をした。
ちなみにEWO運営は、職業が変化しても種族は引き継がれることを考慮したバランス調整であると説明していた。
「とはいえこの知識が、この世界でも適用されるかはわからない。違うと判断したら別の方法を試すさ」
『それでも良い。一先ずこの1層目で出てくるリビングメイルを倒し尽くせば良いのであろう? この剣に慣れる時間も必要であるし、の』
そう言いながら、アンドレが抜いたのは“リビングメイルの剣”。前に持っていた“歴戦の鉄剣”よりも攻撃力が高いために変更してもらった。
「頼む。俺はここにある拠点を守っておくから、危なくなったら脱出も視野に入れてくれ」
アンドレは頷き返し、通路から先に消えていった。
それから1週間後ーー
「さてアンドレ、準備はいいな?」
『うむ、やれることは全てやれた。ジンこそ大丈夫なのだよな?』
「勿論。特に武器に関しては、駆け出しの冒険者が揃えられる限界に近いと思うしな」
アンドレは自らの仮面を外し、変わらぬ表情のまま自信に満ちた態度でジンに答える。
ジンはそれに応えるように、自らの短剣を抜いてその感触を確かめた。
右手に持つのは、タルバン到着前から使っている“シーフダガー”。ただしこれは、アンドレの借り物ではなくダンジョンで発生する宝箱から拾った新品である。
対して左手に持つのは、これまで使っていた名前もつかないような短剣ではなくれっきとした装備、“鋼の短剣”。特殊な効果は無いが、シーフダガーよりも純粋な攻撃力は高い。
(まあこいつの費用で売った素材の半分近くは持ってかれたけど……必要な投資だ)
いくらジンとアンドレのレベルが上がったとしても、基本職ではハードリビングメイル相手にワンパン撃破はできない。そのため、攻撃力にかなりのリソースを割くことは致し方ないと考えていた。
「前回みたいなことにはならないようにするが、もしもの時は頼む。アンドレに参加してもらうのは1回俺が相手を全滅させた後からだ」
『わかっておる』
「よし……行くぞ」
覚悟を決め、ジンは再びタルバンのダンジョン、5層目唯一の部屋に足を踏み入れた。




