6 10体組手 ー前編ー
タルバンのダンジョン、4層目。
ジンは次の層への階段近くで魔物と相対していた。
魔物は四足歩行の獣型だが、全身が不揃いの石で出来ている。
「カタカタカタ!!」
鳴き声の代わりか、喉にある石を擦らせて“ストーンビースト”が迫る。
石で出来ているために物理防御力が高く、土属性と火属性に耐性があるため魔法職でも相手をしづらい場合がある。
「サイズがあるから迫力は凄いけど、鈍重すぎるんだよな」
ストーンビーストは体高だけでも1メートルほどある。が、体全てが石で出来ているため非常に重い。
素早さを犠牲にした完全な重戦車型で、迫るといっても人間のジョギングくらいの速さだ。
素早さ器用さ全振りのジンと、それらにプラス補正が入るスケルトンのアンドレにとっては格好の獲物でしかない。
『そこだ』
アンドレの剣が掬い上げるように下段から振り上げられ、ストーンビーストの右足を切り裂く。足だった部分はコロコロと転がってただの石と化した。
「カカカ!?」
体の支えが無くなったストーンビーストはジンに向かって慣性そのままにスライディングしていく。
そこからは単調な作業になる。
ジンはストーンビーストの背中に回り込むように距離を詰め、両手に構えた短剣で滅多刺しにする。
「カカ……カ……」
痛みや反射神経は無いようで短剣で刺されても飛んだり跳ねたりはしないが、ジンの攻撃を一身に受けたストーンビーストは地面を滑り終わっても動かなくなった。
ー頼れる盗賊のスキルが、リアルタイムで更新された敵の情報をジンに教えてくれる。
名前:ストーンビースト
HP:0/10
状態:死亡
「よし、討伐だな。こういう感情のない魔物にも“観察”が有効なのはありがたい」
『パーティーに1人、観察かアナライズが使える者がいると相手の状態がわかる。そうなると自然と連携もやりやすい、の』
スキルの効果や利点を確認しつつ、ジンとアンドレはそれぞれ武器を収めた。
ーーレベルが15になりました。
ーースキル“短剣熟練(中)”を取得しました。
「お、レベルが上がったぞ」
ジンの声に、アンドレは安堵の息を漏らす。
『やっとか。ということは、』
「ああ。いよいよ5層だな」
対ハードリビングメイルの予行演習は終えているものの、攻撃力が心許なかったジンはレベル上げを敢行。かれこれ1時間ほど4層をうろついていたのだ。
お陰で攻撃力が上がるスキルも取得できた。今できる準備はこれで万全である。
『……ここまで来て最早止める事はせぬが、無理はするな』
「わかっている。俺もシミュレーションはしたが、実際に動くのは初めてだしな」
ジンは再び深呼吸を行い目を閉じる。
手は自然にそれぞれの短剣へと伸びていた。
(リビングメイルで動きの予習は問題なし。ハードリビングメイルも同じとは限らないから初手の確認が何より重要……よし)
「行くぞ」
階段を降りた先に、大部屋が広がっているのが見える。広さ自体はバスケットコート2面くらいだろうか、とジンは考える。
その中央から階段の出口を向いて動かない複数の鎧。灰色のリビングメイルとは色が異なり少し緑色だ。
アンドレの前情報とジンの記憶通りなら、アレらはハードリビングメイルの団体だ。
未だ階段から部屋に降りていないジンの位置からでは総数までは不明だが、恐らく10体なのだろう。
「よし行ってくる。打ち合わせ通り、すぐに戻ってきたら撤退の合図だ、それと合図を忘れるなよ」
ジンは後ろのアンドレが頷くのを確認してから、短剣を抜いて走り出す。
階段を降りたジンの最初の一歩で、鎧達が動き出した。
全てが同じ動作、同じ速さで剣を抜く。一斉に動く金属音は、ある種音楽めいた響きを成した。
(1対10! 盗賊になる直前、ゴブリン軍団以来の数の多さ!)
燃えるな、とジンは考えつつもまずは予行演習通りに動く。
初めに部屋の外周を大きく回るように、距離をとりつつ走る。
「ー!」
ハードリビングメイルたちは、ジンを追うように方向を変えつつ走ってくる。これも全部が同じ動き、同じペース。
こんな時ではあるが部活動の走り込みを彷彿とさせ、ジンは微笑んでしまう。
(なら、これはどうだ?)
ジンはこれまでとは逆に、ハードリビングメイルたちに近づく動きをする。
「ー!!」
鎧達もすぐさま反応。先頭の3体は静止して剣を構え、残りは斜め前に動く。鶴翼で迎えるか、ジンを包囲するかのどちらかだろう。
(それは不利になるから離脱するとして……じゃあこれは?)
ジンは鶴翼の左端、斜めに動く鎧の先頭に向かい突貫する。予備動作を極限まで削り、クイっと急激な方向転換でだ。
「ー!」
これには戦闘の1体がまず反応して静止する。それに続いて後ろから走っていた1体は、まだ距離を詰めているのを“気配探知”が教えてくれた。
ジンはそのまま速度を落とさず走り続ける。
時間としてはハードリビングメイルが剣を構えてから一瞬だが、ある程度の間合いに入った段階で動いた。
その剣を、唐竹割りに振り下ろす。
大振りな分、勢いのついた一撃は強い風を起こしながら空を切った。
ジンはそれら一連の動きを目とスキルで確認し、そのままハードリビングメイルの後ろへと走って離脱した。
そのまま距離を取り緊張感は持ちつつも、ジンは溢れる笑みを抑えられなかった。
(ここまで想定通りだと笑いが出てくるな。俺にはもう、こいつらが経験値にしか見えない)
ジンは短剣を逆手に構え、息を整える。