4 ダンジョンへの一歩
ジンとアンドレは冒険者ギルドに買取素材カウンターに預け、早速ダンジョンへと足を進める。
彼らが持ち込んだのは大きめの麻袋4つ。いずれもモルモからタルバンまでの約3日で手に入れたものだ。
ジンとしてはそこそこ頑張ったかな、くらいだったわけだが……
(それでもあそこまで驚かれることだったか)
この世界の常識と自分の主観とでまだまだ乖離があることに、ジンは嘆息する。
(あの門番が警戒していたように、素材の数は多かったんだな……とはいえレアドロップを求めていたらこのくらいにはなってしまうんだよな。捨てるのも勿体無いし)
ジンとしては今も金銭が十分あるとは言えないため、金稼ぎの機会は逃したくない。現状の行動指針であるドロップ品回収のついでと考えれば効率も良い。
とはいえ周りから浮くほどの戦果を挙げる旨味は今のところ薄いとも考えている。レベル上はまだまだ発展途上もいいところであり、無駄に高い評判から難しい依頼を頼まれてしまっては敵わないからだ。
「俺の魔物の狩り方はやっぱり変か?」
『我のように疲労を感じない体ではないにも関わらず、あれだけ倒せばな』
「むう……そういうことは言ってくれ、俺がどういう人間なのか知ってるだろ?」
『何が目的であそこまで戦うか知っている故、止めなかったのだ』
もっともな指摘に、ジンは二の句が告げずアンドレから目を逸らす。
ジンは旅の道中で、アンドレに魔物図鑑の件をある程度ぼかして伝えてある。
図鑑が女神からのアイテムであるだろうこと、魔物を倒したりドロップ品を回収すると勝手に内容が更新されること、これを埋めることで何かしらの恩恵を得られる可能性があること。
達成率5%の報酬であるポータブル女神像。自由に転職が可能になるかもしれないこのアイテムは、あまりに世界の常識から外れた代物であるし本当に効果が発揮されるかどうか不明なために伝えていない。
『ほれジン、考え事をしている場合ではないぞ。あれがダンジョンの入り口だ』
「ああすまない。……あれがダンジョンか」
ジンが顔を上げると、目の前には巨大な洞窟の入り口が見えた。それは入り口より先が全く見えないために、冒険者を飲み込まんとする口のように感じた。
(EWOでのダンジョンとは全く違う。雰囲気も規模も、周りの活気も)
洞窟の周りにはハクタのメインストリートよりも多くの露店が並び、回復薬や松明をはじめとした冒険用の消耗品、武器、魔物素材と思しき毛皮まで売っている。
それらを見る人間も多様だった。
筋骨隆々の男、大きな杖を持った女、恰幅の良い男性とそれに付き従う線の細い少年……もしかしたら奴隷だろうかとジンは考える。
(EWOのクエスト関係でも奴隷が出てくることはあった。その関係で調べたことはあるが、中世の時代には奴隷は普通だったらしい。EWOがベースとして存在する可能性の高いこの世界でも問題はないのだろう)
が、それで気分がいいかどうかは別の話。思わず表情が歪んでしまうのを感じ、気分を変えるためにもアンドレに話しかける。
「とんでもない人の数だな。やっぱり皆ダンジョンで得られるモノを狙ってるということか?」
『うむ。ダンジョン入り口近くには冒険者ギルドの出張買取所をはじめとした各種買取所が山ほどある。それ故得られた素材をすぐに金にできるのだ』
「なるほど、それならこれだけ商店が集まっているのも納得だ……商品自体はそこまで良くない印象を受けるけどな」
『外の世界を知っているお主からしたらそうかも知れぬ、の』
言いながらもダンジョンの入り口に辿り着く。
「代表者の方はこちらにお願いしまーす!!」
そこには各種ギルドとは異なる制服を身につけた女性が立っており、男たちを捌きつつ洞窟の中へ案内していた。
ジンも例に漏れず女性の元へ向かった。
冒険者の場合は手続きが非常に簡素化されているらしく、ネームタグと入場の人数を伝えるだけでよかった。
「かなりすんなり入れるんだな」
『人数集計とトラブル防止の意味合いが強いからの。とはいえ代表者が冒険者ではない場合や、5人以上での入場はそこまで簡単ではないぞ、あれを見ると良い』
アンドレが指す先では、長机に向かって男達が頭を掻きながら書類を書いていた。それも書類は1枚だけはなさそうだ。
毎度毎度あれを書くことになるのは……少しどころか結構しんどそうだとジンは思う。
「つくづく冒険者でよかったよ」
『我もその恩恵に預かれるし、の』
2人は男達をスルーして歩みを進め、いよいよダンジョンの入り口に立つと、えもいわれぬ威圧感にジンが息を呑む。
(魔物の巣窟に足を踏み入れるわけだけど……緊張しているな、どうしてだ?)
ジンは自らの手に汗が滲むのを感じ、緊張を感じたことに疑問を抱く。
今から行うのはただの狩り。この世界にやってきてから散々行ってきたことと何も変わりがないはずだ。
にも関わらず、ジンの足は妙に重く、息が詰まりそうになっていた。
『わかるぞ、ジン。我も初めてダンジョンに入る時は今のお主のように体が固まったのを覚えておる』
「アンドレ?」
『人としての本能、とでも言えば良いか? 先が見えない場所に入るというのは理由もなく恐ろしいものよ。スケルトンでもそう思うのだ、明るい場所を好むジンたちにはより重く感じるのだろう』
だがの、とアンドレは続ける。
『今のジンは1人ではない。我と背中を預けあうこともできるし、いざとなれば帰れば良い……そう考えると気が楽になるのではないか?』
諭されるような優しい口調に、ジンは心のつかえがとれた気がした。
そして、パンッと自らの頬を叩く。
「ふぅ……心配をかけてすまない。俺らしくなかったな」
『寧ろお主に食欲と睡眠欲以外の人間らしいところが見えて安心したぞ。いつもの動きができるまでは、先達である我を頼ると良い』
そうジンの背中に手を添えるアンドレ。
ジンは強く頷いて、ダンジョンへの一歩を踏み出した。




