3 種族と職業
「このキャロル王国では、15歳に職業を教会から授けていただけます。というか事実上の義務です。なぜなら無職の方では、文字通り職に就くことが難しいためです。これは兵士、農家、漁師、何でも同じです」
ここはキャロル王国という国なのか。……EWOの中にそんな国の名前は無かった。
ジンがそう思う間にも、更にマゼンタは続ける。
「冒険者ギルドでは、たとえ無職であっても冒険者として受け入れていますが、“剣士”“戦士”“騎士”“魔法使い”“僧侶”“弓使い”“盗賊”のいずれかの職業、あるいはそれに類する職業が得られるまで、町の外で活動を行う依頼を受けることはできません。そして次の職業授与は、今から10カ月後になりますので、」
続けようとしたマゼンタの言葉を、ジンが手で制する。
「ちょ、ちょっと待ってほしい。その、教会で受け取れるのは“基本職”だけか?“農家”や“勇者”はいないのか?」
「……? その、キホン職というのが何かはわかりませんが、一部の才能ある方を除いて、それ以外の職業の方はいらっしゃいませんよ? 農家さんでも職業は剣士だったりしますし、ましてや勇者は世界にたった1人しか産まれません」
「……ありがとう……少し考えさせてもらっても、いいか……?」
「……?? はい、どうぞ?」
優しく丁寧に説明してくれるマゼンタには申し訳ないのだが、ジンは話を止めた。
(ここまでほぼEWOと一緒だったが、これは……どういうことだ?)
ジンの頭は混乱し切っていた。
15歳になれば職業を受け取れる、というのはまだいい。EWOでも冒険が始まるのは15歳から、という設定だからだ。
問題はそれ以外の職業システムがあまりに違うことだ。
まず、EWOにおける職業は、無職を除いて大きく分けて3種類ある。
先程マゼンタが言った、剣士、騎士、魔法使いなど、戦闘をメインに行う“基本職”。
農家、釣り人、鍛治師など、アイテムの生産や採集にボーナスがかかる“生産職”。
そしてそれらの習熟の組み合わせで発生する“Ex職”。
EWOのプレイヤーは、必ず最初に基本職を貰い、最終的にEx職を目指す。開放条件が厳しい分、キャラの能力も高くなるからだ。
また、各職業は基本的に3段階の階級がある。剣士(下級)→上剣士(上級)→剣聖(最上級)という具合にだ。
なお、職業には隠し要素として派生上級職もある。剣士からは上剣士の代わりに、大剣の扱いに特化し、相手の防御を崩す技にも長けた大剣士、双剣の扱いに特化し、素早さと瞬間火力の高い双剣士、などなど。
これらは下級の職業を転職可能レベルまで上げ、さらに特殊な条件を達成することで転職が可能になる。前述の大剣士であれば、全長が1.5メートルを超える剣を使用して魔物を200体倒す、といった具合にだ。
そして、種族ごとに異なるが、人間であれば最大で4つの最上級職と1つのEx職を修得できる。
——さてマゼンタの言葉では、この世界のごく一握りの人間しか上級職になれない。そうなると必然的に、その上の最上級職はまず存在しないことになる。加えて生産職もほぼいないだろうし、Ex職は全くないと言ってもいいだろう。
なぜなら生産職に転職するためには、どれかひとつの職業を上級への転職可能条件である25レベルよりも先、35レベルにする必要があるからだ。
さらにEx職になるには複数の最上級職をレベル70以上にする必要があるため労力が殊更かかる。と言うよりほぼ不可能だろう。
そうなると新たな疑問も生まれる。
勇者が“産まれる”らしいのだ。
言葉をそのまま捉えるのであれば、最初から勇者という職業を得ることになるのだが、これはあり得ない。
EWOにおける勇者は4つの最上級職の組み合わせで得られるEx職であり、ついでに言えば人間最強の職業の1つであるからだ。
その組み合わせ元は、
剣士の最上級“剣聖”、
魔法使いの最上級“雷皇”、
騎士の最上級“聖騎士”、
僧侶の最上級“聖者”。
近〜中距離では無類の攻撃力、防御力を誇り、回復魔法による継戦能力も高い。
その名前の響きからも人気は高く、勇者だらけで強力なイベントボスに向かうのは、高レベルクランでよく見られる光景だった。
……イベントボスのレアドロップで沼に嵌ったことを思い出し、ジンは余計なことを考えないよう首を振って一度思考を切り替え直した。
(才能ある一部、という言葉を考えれば上級職になっているのは多く見積もってもランク半分より上、魔鉄以上だろう。だがこの辺りの敵の強さを考えれば……まさか)
人はその可能性に思い至り、顔を青くして尋ねる。
「すまない、またいくつか質問してもいいか?」
「もちろんです」
「さっき言った才能ある一部、の職業と冒険者のランクはどれくらいなんだ?」
「そうですね……私の知る限りでは“上剣士”“戦士長”“上位騎士”“火炎魔術師”“司祭”“射手”“盗賊頭”、あとは先ほど申し上げた“勇者”と、“剣聖”くらいですかね……あ、“魔法使い”からは、“火炎魔術師”以外にも色々な属性に特化した魔術師がいらっしゃるみたいですよ。冒険者ランクで考えると、ほぼ全員が王金以上です」
「そうか……わかった、ありがとう」
ジンは再び考えに浸る。
ここまでの話から現在の職業にかかわる内容を考察すると、
(EWOと職業システムが変わらないと仮定して、少なくともこのキャロル王国では職業の昇格方法、特に派生上級職の昇格方法が知られていない)
それだけではない。
(各地にあると思われる教会が、EWOに無いなんらかの方法で他者に職業を付与している。……しかも付与する職業にはEWOでは自然発生しないはずの上級職、最上級職が含まれる)
であれば職業を制限する教会の目的は何なのだろうか。
そもそも教会は、EWO本来の職業授与および昇格の方法を知っているのか。
この世界では教会からの授与以外に職業を変更できないのか……
ジンが色々と思考を飛ばしていると、
「……ジン様??」
マゼンタが不思議そうに彼の顔を覗き込んできた。
「ああすまない、また考え事をしていた」
ジンは今、冒険者登録の受付中だ。EWOと異なる点を聞き逃して損害を被ったらたまったものではないし、規約などを見ていませんでした、では済まないこともあるのだ。
「いえいえ、大丈夫です……ジン様はいかがなさいますか? 無職でも登録は可能ですが町の外での依頼が受けられませんし、もちろんパーティを組んでくださる方もいらっしゃらないと思います」
「このままではメリットが薄い、ということだよな?」
「はい。もちろん町の中での依頼は受けられますが、はっきり申し上げますと実入りは薄いですし、それに」
ジンは続くマゼンタの言葉をまたも手で遮る。
「いや、冒険者登録はさせてもらいたい。素材の買取もお願いしたいしな。このスライムの核はどれくらいの値段になるんだ?」
そう言いながら、ポーチから4つのスライムの核を取り出してマゼンタの前に置く。
「なるほど、素材売却目的の登録ですか。それでしたら構いませんよ。ちなみにこのスライムの核でしたら、悪質な物でなければ1個100クルスですから合計で400クルスですね」
「わかった、その価格で売って問題ないから、登録の手続きをさせてもらってもいいか?」
ルビがあるのはEWOとしての職業、ルビがないのは冒険者や受付嬢のような本当の意味での職業、と使い分けをしていきます。