16 仮面の剣士 ー後編ー
アンドレの踏み込みを見て、前にいる 戦士は防御を、僧侶はアンドレの背後に回るために移動を開始。
アンドレの剣と 戦士の剣が重なり、鍔迫り合いの形になる。
が、すぐに戦士に優勢に傾きアンドレを突き飛ばす。
「マジかよ……こんだけの力しか無いってのにウチら2人と互角ってどういうことだよ……」
『力の強さが全てではない、ということだ』
アンドレは突き飛ばされた力を利用して一気に加速。 戦士との距離を離し僧侶に近づく。
「最初から私が本命ということですか……!」
アンドレは僧侶へ、速度の乗った刺突という形で問いに答えた。
彼女の防御は間に合わず、剣が腕に突き刺さり血しぶきが舞う。
「ぐぅ……!」
“シールド”のお陰でダメージは軽くなっているものの、僧侶は手に持つメイスを地面に落としてしまうくらいの痛みは走る。
「それ以上、させるか! “強化打撃”!」
骨棍棒を拾った戦士がアンドレに向かって突撃、スキルを使用してフルスイング。
戦士にとって貴重なMPを消費して放たれた技は、それまでの攻撃と比較してパワーもスピードも一段階上のものになる。
これにアンドレは僧侶の腕から剣を引き抜き、かろうじて棍棒の軌道に剣を割り込ませた。
直撃ではないが、アンドレがこの戦いで攻撃をまともに受けるのは初めてのこと。
仮面の剣士は苦悶の声と共に大きく吹き飛ばされた。空の木箱に激突し、破片と土煙を舞わせる。
戦士は土煙と灯りの影に隠れてしまったアンドレの方向を見つつ、僧侶に駆け寄った。
「ハァ……ハァ……なんとか一発かな……さっきの鍔迫り合いの時もそうだったが、あいつにはスピードはあるが力も重さもない。まるで女子供を相手しているような感じがするぜ」
「“ヒーリング”……身のこなしを見る限り、剣士としては十分すぎるほど高いレベルだと思いますのに、なぜでしょう……“ヒーリング”……」
腕を治療する僧侶は、ファイターに再び守られるような形になりつつ、そうコミュニケーションを交わす。
そのやり取りの直後、土煙が振り払われた。
中からは煤だらけとなりながらも、剣を振り終わった姿勢で佇むアンドレの姿がある。
『なかなかやるではないか! やはり棍棒の威力は油断ならないな』
汚れてしまった服を気にするそぶりもなく、仮面越しでもわかるくらい“喜”の感情を前面に出すアンドレ。
『さあ、お互い身体が温まってきた頃だろう。我も本気を出すぞ』
素早く距離を詰めるアンドレの気迫に息がつまる『鉄槌』の2人。
どのような攻撃が来ても防御できるよう棍棒とメイスを構える彼女らに、アンドレはさらに速さのギアを上げて連続で斬りかかる。
「ぐおお……!!」
「私が援護します! “強攻撃”!」
釘付けになっている戦士に変わり僧侶が横から大きく振りかぶって全力で攻撃を仕掛けるが、
『それも相手に認識されていては何にもならぬ。“強化斬撃”』
戦士への嵐のような攻撃を一瞬だけ取りやめ、僧侶の“強攻撃”に合わせてアンドレも剣士としてのスキルを発動。加えてこの戦いで初めて全力で剣を振り上げた。
2人の攻撃が交差し、火花と甲高い音を散らす。
最初の鍔迫り合いでは互角だった力関係も、スキルの後押しに上書きされてアンドレが打ち勝つ。
それだけには留まらない。
「うそ、私の“鋼鉄のメイス”が……」
カランカラン、とメイスの先端が地面に落ちる音がした。
アンドレの攻撃は僧侶の振るうメイスに対し、垂直に刃筋を立てて行われた。2人分の速さと力が真っ向からぶつかり合い、結果として斬鉄という達人技を披露することになった。
『終いだ』
戦士から瞬時に離れ、アンドレは僧侶の胸に剣を突き立てる。
なんの抵抗もなく背中まで貫いた後、剣を引き抜くと同時に女を蹴り飛ばした。
「よくもウチの仲間を……」
仲間がやられ、その顔が憤怒と恐怖に染まる戦士。
それに対して、アンドレは水面のように凪いだ心で語る。
『次はお主だ』
その言葉を皮切りに、“殺気”を真っ直ぐに戦士に向けて猛然と剣を振るった。先ほどまでと全く同じ、怒涛の連続攻撃。
「こ、こいつ……体力と集中力が無限にあるっていうのかよ……!」
戦士はアンドレの止まらない斬撃と、圧倒的な“殺気”を前に、身を縮めて凌ぐことしかできない。
戦士の苦しげなつぶやきはアンドレに届いていたが、何も答えない。ただ急所を的確に狙って素早い攻撃を繰り返し続けた。
「くそったれがああああ!」
破れかぶれとばかりに戦士は吠えて、玉砕覚悟の特攻に打って出ようとする。骨棍棒を振り上げ、せめて相打ちにしてやろうという魂胆だ。
だが、その程度の気合いで戦況が覆るほど相手の鍛え方はヤワではなかった。
『“強化斬撃”』
アンドレの発動したスキルは、的確に戦士を走り抜けた。 戦士の体を両断するように入った軌跡から、一瞬遅れて血が噴き出し、彼女はそのまま前のめりに崩れ落ちた。
地面には戦士の血糊が広がっていくが、ある程度のところまで行くとピタリとその領域の増加が止まる。アンドレからは確認できないが、傷も塞がっているだろう。
影となってわかりづらいが、僧侶の胸も同じように、現在は血の一滴も流れていない。
『……の“峰打ち”だ。命まで取る趣味も理由も今は無い』
剣士が12レベルで取得するスキル、“峰打ち”。
発動者が武器でどれほどのダメージを与えても相手は死ななくなる、という一見メリットのないスキルだが、敵の無力化をするだけで良い場合には有用なスキルになり得る。
なおEWOでは、調教師用の魔物の捕獲率を上げるために使われることがほとんどなのだが。
『もう気絶して聞こえておらぬかも知れぬが、根性論で逆転など滅多とあるものでは無い。……これは我というよりジンの論だが、の』
アンドレは戦闘不能になった戦士と僧侶に注意を払いつつ、己の弟子でもあり、ある一面では師でもある男の姿を見つめた。




