15 仮面の剣士 ー前編ー
「お前達は手出しするな! 2人で仮面の剣士の相手を頼む! ……こいつをとっとと殺した後で、合流する」
マールの宣言を受けて『鉄槌』の残り2人は頷き、アンドレに向けて武器を構える。
それに対し、アンドレは軽く礼をして皮肉たっぷりに話しかけた。
『お主達から二手に分かれてくれるとは、分断の手間が省けて感謝しておる』
「何が分断の手間だ。強がりはやめろ薄汚い盗賊め。お前がどれほどの腕利きなのかは知らないが、ウチらとリーダーの手にかかれば楽勝さ」
そう悪態を吐くのは『鉄槌』のメンバーの1人、戦士の職業を持つ女。
彼女の手に握られているのは、1メートルほどの巨大な骨で作られた棍棒。
ジンであれば、これが“巨人の骨棍棒”という立派な武器だとわかるのだが、アンドレには知能の低い魔物が拵えるような、ただの骨にしか見えない。
「貴方のような人間に、私たちが罰を与えます。ご覚悟を」
戦士の女の半歩後ろから、『鉄槌』のメンバーである僧侶の女が話す。彼女は丁寧な口調でありながらもアンドレへの殺意を隠そうとしない。
僧侶が構えるのは“鋼鉄のメイス”。片手剣ほどのリーチしかないがその分小回りも効き、メイスゆえの破壊力も持ち合わせる。
そんな彼女らの構えを前に、アンドレは仮面をカツカツと指で叩く。
『ふむ……確かお主らのレベルは共に20以上。であれば、我のレベルは上回っておるな』
その言葉に、女2人がお互いの顔を見合わせてアンドレをせせら笑った。
「だったら素直に降伏してもいいんだぞ? 自分より格上の2人を相手にして勝てると思っているのか?」
「私たちとマールさんを分断するつもりだったのなら、どれだけ強いと思ったら……貴方が私たちよりも低いレベルでは全く意味がありませんよ」
警戒しながらお互いに会話をしていると、そう遠くない距離から強い風と土埃が巻き上がる。ちょうどマールがジンに対して大槌を振り下ろしたタイミングだった。
その風に乗って、アンドレが5メートル以上あった間合いを一気に潰し、僧侶の女へ斬りかかる。
彼女は面食らったような表情を見せるも、両手でしっかりと構えたメイスで防御。ギリギリと鍔迫り合いの形になった。
「は、早い……! ですが力は無いようですし、格下なのは本当のようですね……!」
彼女がこう発言するのも無理はない。
僧侶という職業は、魔法防御が少しだけ高く、それ以外が平均的に収まるため扱いやすい部類に入る。
対して剣士は攻撃力と素早さが上がりやすく、数レベル離れていないと鍔迫り合いは力で押し切られてしまうからだ。
「後ろがガラ空きだぞ!」
僧侶が気を引いている隙に、 戦士の女がアンドレに向かって棍棒を振り下ろす。
アイコンタクトのみでそれを行える連携や反応力はさすが王金冒険者いった具合だが、
『我と場所を変えてくれぬか?』
ジェフは鍔迫り合いの姿勢から力をいなし、僧侶の女と場所を入れ替わるように移動。
「なっ!?」
「マジか!?」
戦士の女はその一瞬の出来事に、棍棒の軌道を無理やり変更することで対処。
マールの時ほどではないが、強い振動が床を伝った。
アンドレは構えを解いてその様子を注意深く眺めつつ、2人に話しかける。
『さて、先程の話の続きだが……お主らが我を上回っておるのはレベルだけ、武器の構えと今の動きを見ればわかる。それらは対人用のものじゃないぞ』
「だから、なんだと言うのです?」
息を整えながら僧侶の女がそう聞き返すと、アンドレは一度仮面を強く叩き、歩を進めながら再び剣を構える。
『分からぬようなら敢えて言ってやろう……これから倒れるのはお主らの方だ』
ーー瞬間、彼女らが感じたのは凄まじいまでの“殺気”。
戦士の女は、アンドレの中心から放たれた地の底のように冷たく、それでいて鋭い刃が自らの体に突き刺さる感覚を覚えた。
僧侶の女は、骸の顔と大鎌を持つ死神が、アンドレという剣士の後ろで嗤う幻視が見えた。
それほどにまで強い威圧。
その“気”は乱戦という混沌としたこの場に、一時の静けさをもたらすほど圧倒的なもの。
しかしながら王金としてのプライドか、彼女らの戦意は衰えつつも無くなりはしなかった。
『ふむ、この圧で倒れぬか。お主らの覚悟、本物と見える』
それだけ言うと、アンドレはもう一度、僧侶の女に斬りかかった。
「くぅ……!」
追い風となった爆風が無い分最初の一合よりも遅いはずの剣を、僧侶は反射的に片手で持ったメイスで防ぐ。
流石に片手では力が入り切らず、メイスごと体が突き飛ばされていた。
「こ、こっちからも行くぜ!」
震える手で棍棒を短く持ち、 戦士の女が斜めにそれを振り下ろす。
それはアンドレが僧侶を突き飛ばし、場所を変えられないタイミングを突く。
『甘い』
アンドレは剣の腹で棍棒の軌道を変えて、彼女に再び地面を叩かせた。
「チィ……! 2度もウチの攻撃をかわすとはね!」
自らの攻撃で殺意を振り切ったか。戦士は悪態を吐きながらも腰からショートソードを抜き、アンドレを切りつける。
『予備武器は片手剣であるか。悪くはないが、そのくらいは予測の範囲から出ぬ』
アンドレは力の篭った斬撃を、冷静に捌きつつ距離を取った。
『リーチに劣る同じ剣ならばこちらが有利になる……骨を拾わぬならこちらから行くぞ』
「ぐっ……くそ、痛ッ……」
その言葉を皮切りに、アンドレが一転攻勢に移る。リーチと器用さに劣る 戦士にそれらを全て防げるはずもなく、瞬く間に傷が増えていく。
「“ヒーリング”!」
その途中、僧侶が 戦士に近づき魔法を唱える。剣戟でつけられた傷はみるみるうちに塞がった。
僧侶の代名詞とも言える回復魔法、“ヒーリング”。これがあるのとないのとでは、長期戦の戦略に大きく影響する。
「助かる」
「“シールド”……まだまだこれからですよ」
僧侶の更なる魔法が2人に飛び、淡い緑色の光となってその身を包む。
物理防御を上げる補助魔法“シールド”はアンドレをはじめとした近接職にとって、言うまでもなく相性が悪い。
アンドレはまたも構えを解き、自身の仮面を叩きながらひとりごちる。纏う空気には余裕すら感じられた。
『確かジン曰く、お主が補助魔法を使っても我の攻撃は通る、とのことだったな』
再びアンドレは剣を構える。
『一先ず戦闘不能にはなってもらおう。お主らはジンとマールのタイマンの邪魔にしかならないし、の』
言葉が終わると同時に、アンドレは踏み込む。




