13 『華』の会合と方針
ジンはその後、森に棲むウルフや白うさぎ、ピーマンなどの討伐を行いレベル上げに専念した。
素材も図鑑埋め狙いの“ものをぬすむ”以外には行わず、ひたすらに短剣を振り続けた。
レベルが上がり、夕方に入る手前くらいでジンは拠点に戻っていた。
ジェフたちと夕方までに戻ることを約束していたのもあるが、盗賊団の一人がわざわざピクト山道の入り口で待ってくれていたのだ。
「ボスから話があるらしい。すぐに戻ってこいとのことだ」
それだけ言うと、団のメンバーは自分の持ち場である町中に戻っていった。
拠点に戻ると、ジェフやアンドレだけでなく、大体30人ほどの他のメンバーが揃っていた。
(もしかして、これだけの人数がモルモの町周辺に潜伏していたってことか?)
薄々感じてはいたものの、ジェフの統率力と、自分以外のメンバーの存在を明らかにさせない手腕は見事と言う他なかった。
「おう、お疲れさん。ジンで防衛部隊のメンバーは最後だな……さて、俺にとってはプラスだが、防衛をするアンドレたちにはマイナスのニュースが入ってきた」
その言葉に、ジンだけでなく他のメンバーたちにも緊張が走る。
「この街に潜むもう一つの盗賊団の戦力がわかった。13人の盗賊の一団らしい。他にも数名の剣士や戦士が倉庫番として確認された。弓使いの職業持ちが姿を確認できたことから俺ほど高レベルではないと思われる、つまり各個撃破に持ち込めば楽勝ということだ」
弓使いは転職時点で、“気配隠蔽(小)”を無効化できる“気配探知(小)”を取得できる。
一方で“気配探知”の(中)以上は、ジェフの義賊のような盗賊の上級職以上で取得できるため、このような言葉が出たのだろう。
「持ち込めれば、だろ? 大丈夫なのか?」
「もちろん大丈夫だとも。今までそうやってやり合ってきたんだからな」
ジンの質問に対し、ジェフは自信満々に即答した。
しかし気持ちのいい笑い方は、続く言葉ですぐに引っ込む。
「さて悪い方のニュースだが、これらの戦力は全て町長代理の配下らしい。奴の名前が入った指示書を入手できていたことからまず間違いはないだろう、とのことだ。後で目を通しておいてくれ」
言いながらもジェフが取り出したのは3枚からなる紙の束。
ジンから中身までは見えないが、右上に施されたサインが以前依頼書で見かけた名前と同じものだということはわかった。
ジェフの言葉に、同じく拠点防衛の役割をするメンバーが手を挙げる。
「ボス、確かにそれは確かに悪いニュースですけど、俺やアンドレたちにだけ悪い理由が何かあるんですか?」
ジェフは頷いてすぐに答えた。
「奴の狙いは俺という盗みの実行犯を殺すことと、盗賊団を通して俺たちの拠点を割って占領することだろう。ここは力の弱い盗賊ごときじゃ突破できないくらいには頑丈だが、それ以外が来た場合は対応しきれない」
「……それって、まさか」
「これも想像の域を出ないんだがな、冒険者ギルドを通してこの場所に冒険者が殺到する可能性が高い。そして冒険者の中には、あの『鉄槌』も含まれるだろう」
その名を聞いた途端、言いようもない感情がジンの中を渦巻く。
ジェフはそれに気づいたか、質問者からジンに目線をずらしながら話を進める。
「奴らの掲げる正義は、言ってみれば“穢れを許さぬ正義”。犯罪者や俺たちのような盗賊はどんな実態であれ殲滅にかかる。ゴブリングレートの居ない今、情報が持ち込まれたら先頭を切って参加するのは確実だな」
(……だろうな。俺が話したのはたったの1度だが、彼女自身が話した以上に盗賊が嫌いなようだった。その感情が町長配下の方に回ってくれるとありがたいんだけどなあ)
質問者は回答に納得したのか、挙げた手を引っ込めていた。目に見えて緊張しているのは、死への恐怖からだろうか。
「ジンはどうする? 俺たちの誰かが『鉄槌』という強者にかち合うことはほぼ確実だろう。今ならジンを人質として扱って、冒険者たちに救出させることもできる」
不意にジェフから声をかけられたジン。
暫し考え、出した結論は、
「確かにそれも一つの方法だが、やめておきたい。皆が知っての通り、俺は『鉄槌』のリーダーに既に目をつけられている。“穢れを許さぬ正義”を掲げているのなら、見つかったところで何をされるかわからないな」
ジンの言葉に、ジェフは苦笑いをして肩をすくめた。
「あー……確かにそれはそうだな。とはいえ良いのか? 今いるここは一応だけど犯罪者集団だ」
「今までの話が本当なら、町長代理がやっていることは同じどころかもっとタチが悪い。まさしくクソ代官だ、ジェフたちの行動には納得がいく。……まあ本音を言えば、こんな大騒動に首を突っ込みたくはなかったんだけどな」
「……そこはハッキリ言わなくたっていいだろう」
呆れるジェフに、ジンは首を振って答える。
「たらればの話だ。ジェフたちが女神様の啓示? に興味を持って俺と接触したってのは気持ちとしてよくわかるし、俺がジェフの立場だったらそうするさ」
と、ジンは新調して大きくなったウエストポーチの上から、図鑑を撫でた。
その様子に、何やら得心がいった様子のジェフが言葉を続ける。
「ジンの気持ちはわかった。ならばこれからは魔物討伐もいいが、対人の戦い方も鍛えていかないとな。アンドレ、頼めるか?」
『あいわかった』
仮面の剣士は相変わらずのモザイク声で、ジェフの依頼に対して即座にイエスで答えた。
最初から、ジェフとアンドレはこうするつもりだったのだろう。
「対人戦の準備に割く時間は時間はどれくらいがいい? レベルアップのこともあるだろうが……ってマジか今日も1レベル上げたとかどんだけ倒したんだ」
“観察”を使用したらしきジェフが、ジンを指差しつつ大きな声で話した。
「数えてないな。今日はランダムドロップ狙いだったから、買取素材も持ってきてないしな」
ジンのその言葉に、ジェフだけでなく周りのメンバーも驚き、呆れ返る。
「勿体ねえなあ、俺なら持って行くのによ」
「でも実質半日でレベルアップって、できるか?」
「無理だな、死ぬのが怖くてそこまでやってらんねえ」
「俺、アイツが強いのか弱いのかわかんねえよ……」
「おーい、静かにしろ。……まあ、その成長スピードなら対人戦に割く時間は多めでも問題はないのか? 正直レベルアップが早すぎて俺には全く判断がつかんが」
「……方針を決めるにあたっていくつか質問いいか?」
「それは構わないが、一旦この場を切らせてくれ」
申し訳なさそうに語るジェフに、ジンは己の早とちりを少し恥じた。
「他に質問のあるメンバーはいるか? ……今は居ないな。後からいつでも受け付けるが、ひとまずここにいる防衛班は準備を、商人班は物資の流れの把握と場合によってはもみ消しを図ってくれ。やることはいつも通りだが、いつも以上に気合い入れていくぞお前ら!」
「「「「おお!!」」」」
先ほどまでのジンに対しての申し訳なさはなりを潜め、組織を率いる漢としての顔を見せるジェフ。ジンには彼の気迫が、本来は関係の無いはずの自分の芯にまで、ビリビリと伝わってくるように感じていた。
その勢いのまま、ちょうど半々くらいの人数で固まって動くメンバーたちを尻目に見つつ、ジンはジェフに近づき話しかけた。
「さっきは邪魔をしてすまない。……あんな顔をするジェフは初めて見た。まさにボスって感じの気合いの入れ方だな」
「これでも練習したからな」
と、無邪気に笑うジェフ。
つられてジンも笑ってしまうが、すぐに表情を引き締めた。
「さっきしようと思っていた質問なんだが、『鉄槌』で最も強いのはリーダーのマールで問題ないんだよな?」
「そうだ。ジンも“観察”しただろうが、奴は俺と同じく、職業が変化するほどの実力者だ。残り2人のメンバーはそこまでではないが、レベル20以上の戦士と僧侶だ。全員が鈍器を使うことから『鉄槌』って名付けたらしいぞ」
「ありがとう。ついでにしようと思った質問にも答えられてしまったな……ジェフは今のメンバーで奴らに勝てると思うか? ボスとしての率直な意見が聞きたい」
ジェフと、その後ろに控えるアンドレを真っ直ぐ見つめながらジンは疑問を投げかけた。
ジェフは眉間にしわを寄せながらも、しっかりとした口調で答えた。
「アンドレだけで取り巻き2人は問題ないだろう。だがマールは……俺とアンドレ2対1でなんとかってところだろうな」
「ジェフのことだから客観的な意見なんだろうが、アンドレがそれだけ高い実力なことに俺はビックリだな。素性を隠しているのは、以前は有名な冒険者だったとかか?」
ジェフは首を横に振った。
「恐らく違う、だな。俺もアンドレも、アンドレの過去がわからないんだ。記憶喪失……のようなものだと俺は思ってる」
その予想から少し外れた答えに、ジンは驚きながら返す。
「記憶を失っても職業のレベルは変わらないのか……こう言っては後ろにいるアンドレに不謹慎なことかもしれないが、興味深いな」
「まあその一面だけ見ればな」
ジェフは苦笑いをして答えた。アンドレは自分のことにも関わらず、仮面や体を一つも動かさない。
(表情や心の中は見れないけれど、怒っている雰囲気もないからもう割り切れているのかもな……もし俺が同じ立場なら、不安で不安でたまらないだろう……)
ジンがアンドレの境遇に人知れず畏敬の念を抱いていると、ジェフから声がかかる。
「ところで、俺からの質問にも答えて欲しいんだが、まだ情報は必要か? 俺もそろそろ盗みと備えのために動きたいんだが……」
ジンはジェフの言葉にせかされ、自分の考えを少し早口で伝えた。
「レベルアップを優先しておきたい。勝てる中での最悪の組み合わせは、俺とマールの一騎打ちだと思ってる。でも今のままじゃレベル、というか攻撃力が足りない。指導してくれるアンドレには申し訳ないんだが……」
その言葉に、アンドレは手袋で隠れた手のひらをジンに向けて答えた。
『我はいつでも良い。ジェフの机の近くに居るようにしよう』
「だ、そうだ。俺としてはレベルアップもいいが、できれば拠点の近くでやってくれるとありがたい。有事の時にすぐ対応できるからな」
彼らの言葉に、ジンは思わずお辞儀をして感謝をする。
「アンドレ、ジェフ、ありがとう」
「礼を言うのはこっちさ、ありがとう」
『まさしくその通りだ。有難う』
ジェフとアンドレもジンに少し倣ったか、目礼をしながら答えた。
そして事態は、この日から2日後の夜に動き出す。
ジンが魔物討伐を終え、アンドレとの模擬戦に向けて倉庫で寛いでいると、出入り口の扉が勢いよく開かれる。
「代官が動いた! 冒険者と子飼いの部下達に大規模な捜索をさせるつもりだ!」
男は息を切らして叫びながら、ジンの……後ろに佇むアンドレの元へ走る。
現在ジェフは盗みのために不在。その場合の緊急事態時、全体の方針を決めるのは右腕のアンドレになっているからだ。
アンドレは自身の仮面を指でカツカツと叩き、メンバー達に指示を出す。
『各人迎撃の態勢を整えよ。奇しくも我らがボスと同じく、この夜闇に紛れて動こうという腹づもりのようだ……ボスがお帰りになるまで、何としてでも持ちこたえるぞ』
アンドレの言葉に、男達は声を上げることはなかったが、力強く拳を振り上げた。
その後メンバーが本格的に動き出す様子を見届けると、アンドレからジンに話しかけてくる。
『ここが露呈するのも時間の問題であるな。ジンよ、本当に良いのか?』
アンドレが言っているのは、ジン自身が『華』の一員としてここに残ることだろう。であれば、答えは一つだ。
「もちろんだ。自分で決めたことを曲げるつもりはない」
『お主の高潔な精神の欠片でも、プリーマ町長代理に宿っておれば、民達も不安に怯えることなく過ごせたものを』
ジンが稽古を始めて分かったことであるが、この仮面の剣士はなかなか古風な言い回しを好むようだった。
「だが、どうして今なんだろうな」
『さてな。下種な者の考えには及びも付かぬ』
やれやれのポーズとモザイク声があまりにもミスマッチで、ジンは噴き出しそうになるがこらえて考える。
現在の時刻はジンの体感で、日没から2時間ほど後。娯楽や明かりはあるものの数は少なく、夜の活動が難しいこの世界では深夜とも呼べる時間帯だ。
何か目的でもない限り、動くことにメリットが無い。
(このメンバーの中にスパイがいて、町長側に情報を流している? だがこれだけの結束力のある一団だ。裏切る可能性は低いと思うんだが……)
ジンが思考を回し、結論が出ない間にも時間は刻々と過ぎていく。




