4 モルモのギルド
そんなわけでジンは道中現れた魔物のほぼ全てを倒しつつ、かつレアドロップを回収しつつ、モルモの町に向かっていたのだ。
現在は少年の駆る荷馬車の後ろをついて歩きながら、載せられた物の確認をしている。
「今日までの成果は、スライムの“おいしい水”、ゴブリンの“下級回復薬”と“こんぼう”、ゴブリン弓兵とゴブリン騎士の“下級回復薬”、土もぐらの“ナナシ草”と“もぐらの爪”。それにウルフの“オオカミの肉”と“魔獣の牙”……上位ゴブリンからレアドロップが取れなかったのは悲しすぎる……」
荷馬車の中に並べたドロップ品や買取対象品を眺めながら、ジンはつぶやく。
3日弱でレアドロップ3種はジンの予想と比べると上々と言えなくもないが、彼としては上位ゴブリンのレアドロップは武器であるためそちらの方が欲しかった。
特に“鉄の短剣”はハクタの町にいる頃から求めているのに全く出てくれない。焦ってはいないが、物欲センサーが現実でも生きてこなくていいじゃないかと少し落ち込んでしまう。
ジンは成果確認のために図鑑を開いてみる。達成率を見ると1.0%になっていた。
(2日間の探索で情報の数は20/1902になった。これで1魔物につき3つの情報を持っているというのはまず確定でいいだろう。もう少しできるだろうがこれくらいが引き際だったよな……)
ジンとしてはまだまだ森に残って上位ゴブリン達から武器を奪うことに注力したいのだが、食料が底を突き出していたこと、少年に追加料金を払わなければいけないこと、この2点があったため諦めることにしたのだ。
(一度沼ってしまったら引いてみて、後から試すとポロッとドロップしたりするもんだ。今回はダメだったってだけだ)
そう思い自分を慰めていると、少年が振り返って話しかけてきた。
「考え中のところすんません。1つ確認なんすけど、報酬は本当にハクタを出るときに提示してくれた内容でいいんですかい? 運び代だけじゃなくて素材の買取価格の5割も貰えるなんて、雇われたオイラが言うのもアレだけど多すぎるような……」
「ああいいんだ。荷物運びだけではなく、キャンプの番や料理もしてくれたしな」
これはジンの心からの言葉だ。
この世界に来てまだ日の浅い彼には、食べられる食材や、それを美味しくいただく調理法などは全くと言っていいほどわからない。加えて無職でなくなった今はプチファイアでの火起こしもできない。
戦闘能力や知識はあれど、サバイバル能力に関しては下手をすればこの世界の子供にも劣るジンにとって、彼の存在は非常にありがたかった。
「はー、すげえなあ。……貧乏暮らしのオイラならほとんど持って行っちまいますよ。オイラも冒険者になればよかったかな?」
独り言をつぶやきながら前を向く少年が、ジンに再び声をかけたその後すぐだった。
「あ、見えてきましたよ。あの丘の上にあるのがモルモの町です」
その言葉につられて、ジンは早足で少年の馬と並ぶ。
ハクタの町と比べて外壁はかなり簡素で、木の柵で敷地を囲んでいるだけのようだ。
一応ここから見える門には見張り役が立っているが、正規兵のような格好ではなく猟師っぽく見える。
農場もハクタの町ほど広くはない。
「なんというか、ハクタよりはかなり地味だな」
「旦那、毒されちゃいけません。モルモが地味なんじゃなくて、ハクタがおかしいんだ」
「……なるほど」
少年の言葉と、ハクタの町の様子、それに町長の噂などを鑑みるとジンの中にストンと落ちた。
ハクタの町には外壁だけでなく、広大な農地や、それらの管理と治安維持を専門とする組織まであった。どこかで聞いた話だが、あれらは全てノーマン町長の私兵なのだそうだ。
(ぐう有能とはきっと彼のような者にある言葉なのだろうな)
考えている間にも馬車はモルモの町に向けて進む。
「確かに運搬代、いただきました。明後日までは正門近くの“兎狩り亭”って宿屋ににいると思うんで、素材買取をいただけるんだったらそれまでに頼みます。あ、荷台もその宿屋においてくれるとありがたいです」
そう言った少年は、ジンと馬車をモルモの町にある冒険者ギルドまで運び、荷台を残して馬とともに去っていった。
荷馬車にはゴブリンの魔石、ウルフの毛皮、それに通常ドロップ品が積まれている。
それらを今から冒険者ギルドに買い取ってもらうためだ。
(……もしかして、持ってきた素材たちが少し多かったのか?)
すれ違う町民からの好奇の視線に晒されたジンは、そんなことを思う。
その雰囲気に耐えかねて、ジンは早速ギルドの扉を開ける。
モルモのギルドは、内装や設備はハクタの町とほぼ一緒だが、小さい町だからだろうか、建物自体が一回り小さく、活気もそこまでは感じない。
受付スペースも少し狭いようで、今は1人の受付嬢だけが座っている。
ジンは彼女に近づき、ネームタグを見せながら話しかけた。
「すまない、銅冒険者のジンだ。ハクタの町との間にある森で魔物を狩ってきた。素材が表においてあるから買取をしてほしい」
「は、ハクタの町からお越しなんですか!?」
「? そうだが、何か問題があるのか??」
「問題というか、よく来る気になれましたね……。強いゴブリンが森にいるって通達がハクタのギルドからありまして……そのゴブリンとは会わなかったんですよね?」
「ああ、それなら……」
ジンは、まだ確定したわけじゃないが、と前置きをしてからゴブリングレートが討伐されたことを小声で受付嬢に話した。
「なるほどなるほど。そういう情報がハクタの町では出回っているんですね……」
ふんふんと頷きながら、メモを取る受付嬢。
「……ところで、素材の買取はお願いできるか?」
「あ、はい、もちろんです。ただ量が多そうなので、こちらにサインをお願いします。査定が終わったらお呼びしますので」
ジンは差し出された“素材買取待ち用紙”に慣れない字でサインをしてから、冒険者ギルドを見回す。
「ところでなんだが、ここのギルドはハクタのと比べるといささか活気がないな……。ゴブリンたちとの戦争がこの町に回ってこないとわかったからか?」
大量の魔物との戦いは、十分な能力を持っている冒険者にとっては良い稼ぎ場所になる。
それ故、集まった冒険者が一時的に解散すればこのような状態になると思ったのだが、受付嬢の反応は芳しくない。
「それもありますし、元々ここをベースにしている冒険者さんが少ないってのもあります。この辺りは魔物が少なく、洞窟とかも近くにはありませんから。ですが今はそれ以上に」
言いながら、受付嬢は1枚の依頼書を見せる。
「これのせい、ですかね」
依頼書の中身はこうだ。
【依頼内容】盗賊団団員の捕縛もしくは殺害
【場所】不明
【報酬】引き渡し時に決定
【期限】盗賊団壊滅まで
【依頼主】モルモ町長代理
【特記事項】
・報酬は団員の地位等により決定
・詳細を確認する場合は町長屋敷に来られたし
捕縛もしくは殺害、つまり“生死問わず”。
依頼主は代理とはいえ町長だ。信憑性は高いだろうが、それほどの凶悪な盗賊団がこののどかな町に潜んでいるとは思えない。
「なんとも怪しい依頼だな……」
「他の町から来た方は皆そうおっしゃいますが、この町では現在盗難が多発しています。誰かが殺された、というわけではないのですが、怪我人は出ていますから」
「それにしたって“生死問わず”ってのは……町長代理殿はよほど正義感が強い人物なのか?」
「うーん、なんというか非常に独特な方です。査定の空き時間にお会いになられてはいかがですか?」




