30 ギルドマスターとの密談
「おかえりジン君、お疲れのところ悪いね。そこにかけてくれ」
クラインの仕事部屋に入るやいなや、彼は自分の前のソファを手で示してきた。
ジンはああ、と返事だけすると席に着いた。同時に扉を閉める音がしたが、シアンは退出せず背筋を正して立っている。
(今回もシアンは一緒なのか……ギルドマスターのお気に入りだったりするのか?)
ジンは失礼なことを考えつつも、ソファで少しだけリラックスしていると、対岸に座るクラインの口が開く。
「今回はよくやってくれた。君が納めた魔石は当ギルドとしては初めて見るものだった。正確な買取額は本部に問い合わせて後々判明するだろうが、決して安くはないと約束するよ」
「ありがとうございます。ところで、労うためだけに俺を呼んだわけではないんでしょう?」
クラインはニヤッと笑って続ける。
「その通りだ。やはり君は頭がいいね。先にテレンス殿から話を聞いたのなら知っているだろうが、ソルシエール殿が襲撃を受けた件だ」
「……ソルシエール殿? ソル殿のことか?」
「ああ、対外的にはその短い名前で活動をしているんだったね。そう、彼女のことだ。テレンス殿からはどこまで聞いている?」
ジンは、彼女を狙った襲撃者が現れたこと、テレンスの盾が壊されるほどの相手だったこと、ギルドマスターの手で撃退されたこと、細かな情報は省いて要点だけではあるが、テレンスから聞いた内容を偽りなく話した。
「なるほど、ではそこから先の話をしよう。襲撃者は“どこか遠くに移動する魔法”を使用して、私の目の前から逃げ去っていった。向かい先は……っと、どうやら君のところだったみたいだな」
間違いなくルインのことだ。
ジンはテレンスと話していた時から薄々感づいていたことではあったが、今の話で確信を持った。
とはいえ表情に出てしまっていたのは自分が未熟だからだな、と少し反省もする。
「さて、最初に1つだけ確認をしたい。君はあの魔人の仲間ではないのだよね?」
ほんの少しではあるが、ジンの“気配探知”が反応する。
「証明できるものはないが、仲間ではない」
「完全に証明できないまでも、何か私たちの味方と言えるようなものはあるかね?」
畳み掛けるようなクラインの言葉に、ジンは思わず息を飲む。
「………………」
「まあ無理、だよな。私だって同じことを言われたら無理だ。ただソルシエール殿の事もあるから共有する情報は制限させてもらう。申し訳ないが」
「……ああ」
「よろしい。では説明する内容は、私の職業、襲撃者の強さについてだ。襲撃者の目的に関しては、テレンス殿からある程度聞いてしまっているようだし」
「まあ、確かにその通りだな」
「簡潔に言おう。私の職業は火炎魔術師レベル32。普通の魔法使いよりも強く、そして火魔法に特化した職業だ。そして元王金の冒険者でもある」
「こんな身近に強い職業を持った人がいるとは思わなかった。凄いんだな、ギルドマスター」
「伊達にマスターと呼ばれてはいないさ。続いて襲撃者の強さだが、魔人レベル30、疾風魔術師レベル33。はっきり言って私よりも1枚上手だったよ」
「だが撃退できたのだろう?」
「一応はな。ただ、あのままやり合っていたら負けていた可能性が高い。奴が退いてくれたのは恐らく、君がゴブリングレートを倒してくれたからだ。奴が撤退したほぼ同時刻から、ゴブリン達の統率が失われたようだしな。君には本当に感謝する」
クラインは座りながらも深く頭を下げた。
「俺も、自分の目的があったからだ。そこまでお礼を言われることではない」
「その謙虚さもまた君の長所なのだろうな。……ところでなんだが、ゴブリングレートが以前君の言った通りの強さなら、どうやって奴を倒したのかね?」
話題を変えてきた瞬間から、クラインの雰囲気が変わった。“気配探知”に反応はしないが、回答次第では何かが起こる、そんな危うさがある。
「……それは……」
「答えにくいなら質問を変えようか? 今の君は無職かね?」
この質問が決定打となった。
(誰かに“観察”もしくは“アナライズ”されてしまったということだな。これでは偽れない)
「話すから、そんな危険な雰囲気を漂わせないでくれ。心臓に悪い」
ジンの正直な言葉に、クラインは微笑む。
「それはすまない……で、どうなんだい?」
「ギルドマスターの言った通り、今の俺は無職じゃない。盗賊レベル11だ」
「ほう、盗賊ということはゴブリングレートは誰かと協力して討伐したと」
「いや、ソロだ」
「……なんだって?」
ジンはクラインの言葉に被せて言ってしまったためにクラインが聞き返す形となった。
「正真正銘1人で倒した。ギルドマスターなら“ポイズンダガー”は知っているよな? それを使って倒した。言ってみれば毒殺だな」
「……なる、ほど……確かに毒が通るなら、どれだけ格上の相手でも理論上は倒せる。だがあれは……」
クラインは助けを求めるようにシアンを見る。目線で意図を感じ取ったのか、彼女が答えた。
「ポイズンダガーをはじめ、魔法やスキルによって与えられた心身の異常は、戦いから逃げれば消えてしまいます。魔物でも、人間でも同じです」
「ほう、それは知らなかったな」
その言葉に、クラインはおろかシアンでさえも驚いたようにジンを見た。
「よくそれで戦い続けられたな……」
「まあ、たまたまだよ」
実際は遠くに逃げる余裕が無かっただけとも、逃げる必要が無かっただけとも言えるが、あえて口には出さない。
「しかしどんな方法で倒したかと思えば毒殺とは……君はこっちの予想を普通に超えてくるな」
そう言うクラインは、腕を組んで悩み始める。
「……どうしたんだ?」
「いや、当たり前の話なのだが、どうやって職業を得たのかと思ってね。あれは年一回の祝福でしか得られないはずなんだが……」
バレた時点でと予想できるこの質問に対して、ジンはあらかじめ用意しておいた回答をする。
「それは秘密にさせてもらいたい。ギルドが俺を完全な仲間とみなせないように、俺も完全な仲間にしか教えたくないんだ」
「……こっちは冒険者に仕事を斡旋している立場なのだが?」
「俺としては、このハクタの町のギルドは仲間として考えている。ただ、それよりも上はそうではないだろう?」
はあ、とクラインは大きく息を吐く。
「……確かに私は今回の依頼の顛末を上、ギルド本部に報告する義務がある。得られた情報は詳細に全てだ。ギルド発の緊急依頼にはそれだけの重みがある……そしてその内容いかんによっては、冒険者ギルドと同等以上の大きな組織、教会を敵に回しかねない。すまなかった、私の質問は忘れてくれ」
「わかってくれればいいんだ、ありがとう」
「……私相手に交渉事もこなすその胆力、本当に優秀だね君は。そんな君に、せめてもの贈り物をあげたいんだ」
「贈り物……?」
「シアン君、ジン君の冒険者情報、職業は無職だったよね?」
「はい、そのはずです」
「やっぱりそうだよね?……それと、ネームタグには年齢と犯罪歴、依頼の履歴とかは残るけど、職業は載らない、そうだよね?」
はい、と再びシアンが頷く。
「じゃあジン君の職業を盗賊に書き換えておいて。それと、今回の依頼に参加しこれだけの功績を挙げた人物が石というのは、ギルドとしてはなんとも示しがつかないな?」
「むしろその功績は銅程度では足りないかもしれませんが、制度上は一回につき1ランク上昇が限界です」
「……というわけだ。受け取ってくれるかね?」
ちょっとした茶番とも言えるやり取りを見せられて、ジンはクスリと来てしまった。
「ありがたく頂戴する」
「こちらこそ本当に助かったよ、ありがとう。銅のタグは受付で発行してもらってくれ……他に何かあるかい?」
「いいや、特にない」
「ではそのまま受付に行ってくれ。シアン君、今日の受付の子に話して彼の新しいタグを作ってもらってくれ」
「かしこまりました」
そのままシアンと退席し、ギルドマスターとのやりとりを受付のマゼンタに話したところ、銅のプレートに褒め言葉、ついでに握手まで貰ってしまった。
(やっぱり暖かい人が多いんだな……この町は)
ジンはそうしみじみと思いながらも、白鳥の旅立ち亭へと向かう帰路についた。
朝からの強行軍の疲れを取り、無愛想な店主の美味い定食を食べ、ソルからの手紙をじっくり拝見させてもらうために。
手紙を読んだジンは、明朝早くにハクタの町を後にすることになる。
これにて第2章、幕引きです!
手紙を見てすぐにハクタの町を旅立ったジン。
次の町ではどんなトラブルに巻き込まれてしまうのか……!?
……ちなみに予想されている方もいらっしゃるかもしれませんが、名前だけ出てきた人達が関わってきます。
最後に作者からのお願いです。
もし「続きが気になる」「更新頑張れ」と思ってくださる方は
是非下の“☆☆☆☆☆”を“★★★★★”にしてくださると
作者が泣いて喜びます。
感想もお待ちしております!
貴方のおかげでストーリーが変わる、かも(笑)
よろしくお願いします!!!!




