27 魔人
ジンが気配に引っかかる方に顔を向けると、魔法陣の出現と共に空間そのものにぽっかりと穴が開いた。その穴はどんどんと大きくなっていく。
「…………は!?」
その光景を理解するのに少し時間がかかったが、その魔法と効果、取得レベルを思い出したジンは全速力で穴から離れて茂みに隠れる。
(あれは“ワープゲート”……だよな? あれの取得レベルはこの世界基準だと相当に高いはずだ。どうして今、ここに……??)
―――――――――――――――――――
ワープゲート 【魔法】
発動者を任意の場所に転移させる。
PVPなど、特殊な戦場では効果が変わる。
―――――――――――――――――――
“ワープゲート”は種族や職業によって取得レベルは異なるが、最低でもレベル30を要求される。
ゴブリングレートよりも遥かに高いレベルであり、術者が直接相手をしていたならジンに勝ち目はなかった。
加えてゴブリングレートの近く、というピンポイントさ。ワープゲートは人の集まるところやダンジョンの入り口などの、地理的に特徴のある部分にしか転移できない。
北の森のゴブリングレートの隣、が“特徴的”であるはずがない。
(まさかゴブリングレートの所持スキルは“復讐の道標”!? 誰だか知らないがゴブリングレートがやられることまで想定してたというわけか……!)
―――――――――――――――――――
復讐の道標 【Pスキル】
死亡した時に自動で発動する。
このスキルの所持者が死亡した場所を
少しの間、仲間の転移先に追加する。
―――――――――――――――――――
復讐の道標は一部の最上級職が獲得できるスキル。自分の死に場所を1分間、“ワープゲート”などの転移先に追加する、というものだ。
EWOでは隠密キャラに敵拠点の深くまで入り込ませ、自ら毒を受けて死ぬことで“復讐の道標”を発動させる『逆恨みちしるべ』が流行ったこともあるほど強力なスキルだ。
ワープゲートを発動できるレベルと、それを活かすことができるスキル構成を部下にまで組ませる知識。並大抵の相手ではないとジンは判断。
ゴブリングレートと対峙した時とは比較にならない死の予感に、ジンの体が震える。
「やっぱりグレートクンは倒されてるネ。ありャ……? 宝箱はそのままカ。すぐ跳んデきたかラ間に合うと思っタけど逃げられチゃっタかぁ……どうシよう??」
ワープゲートから現れたのは黒い肌と赤黒く光るツノを持った男。先端が丸い長杖を持つことから魔法職を思わせるが、ボロボロの服から見える体の線はおよそジンがイメージする魔法使いとは程遠い分厚さがある。
(今出て行っても死ぬだろうな……やばいかもだが……“観察”)
ツノの男を見つめるジンに、情報が流れてくる。
名前:ルイン・ジルフィ
種族:魔人 レベル30
HP:6/10
MP:2/10
レベル:【闇の眷属】疾風魔術師レベル33
持ち物:有
状態:火傷(軽度)
(ジルフィの姓を持つ魔人種だって……!? それに……ああ、そうだ、『風の巫女を救え!』でもそうだったな……)
ジルフィはEWO内における敵キャラのうち、風を扱う魔人共通の姓である。幾度となくプレイヤーに立ちはだかり、疾風怒涛の連続攻撃にはジンですら泣かされたことがある。
ルインは種族レベル、職業レベル共にEWOの彼らには及ばないが、今のジンからしたら遥か高みにいることに変わりはない。
『風の巫女を救え!』でも、騒動の背後には魔人が存在しており、彼の暗躍によって引き起こされたと、ジンはようやく思い出すことができた。
(にしても、エルフがいるから薄々予測はしていたが、本当に魔人間も居るんだな)
大きく分けるとEWOでプレイヤーが使える種族は3つ。
ジンをはじめとした、いわゆる普通の人間を指す人間。
ソルのようなエルフなど指す亜人間。
今“観察”したルインのような魔人などを指す魔人間。
これらをまとめて3種族などと呼んだりもしていた。
人間以外の2種族は、種族レベルというものが職業とは別に設定されている。
彼らは人間では持ち得ない魔法体系や特殊なスキルを、種族レベルによって取得できる。ソルが以前使った“シルフアロー”もそれによるものだ。
また、職業とは別にレベルが存在しているために基礎能力も人間よりは総じて高い傾向にある。
こうして見ると欠点が無いように思えるが、無視できない欠点は主に2つ。
1つは種族レベルがある影響なのか、得られる職業総数が少ないこと。これにより得られるスキルが人間に比べて少ない傾向にあり、戦略に幅を出しづらい。
亜人間は最上級職が3つ。
魔人間は最上級職が2つしか取得できない。
そのため、結果的に就くことのできるEx職の数も少ない。自分の種族を一つの職業と見做して得られるものもあるが、特に魔人間に関しては圧倒的に少ない。
2つ目は、種族ごとに装備や各種スキルで打ち消せない弱点が存在すること。ルインのような魔人であれば、光属性、精霊属性、神属性による被ダメージが倍になる。
要約すると、人間→亜人間→魔人間の順に基礎能力は高いが、使いにくく尖った性能のキャラになるということだ。
ジンがシステムを思い出しているうちに、ルインは周りの凄惨な状況を見渡しながらも呟く。
「ふウむ……宝箱を残しテ撤退ってのは珍シイけど、この様子じゃアかナり遠くまデ逃げられテるネ。……宝箱ダけ回収しテ、ワタシも帰ろうかナ。“ワープゲート”」
そう言うと、ルインは自分の目の前に新たなワープゲートを生成。宝箱を担いでそのまま飛び込んでいった。
(本当に、死ぬかと、思った……)
まさに九死に一生を得たジンはそれはそれは大きく息を吐く。
その脳内には、優秀なスキルが読み取った情報が鮮明に残っていた。
レベル:【闇の眷属】疾風魔術師レベル33
(ルインの職業は上級職の疾風魔術師レベル30台。逆立ちしたって勝てなかった。下手に動かなくて本当に正解だった。加えて【闇の眷属】ってことは……そうか、この世界にも居るんだな……)
疾風魔術師は風属性魔法に特化した魔法使いの上級職。
風属性魔法は威力を犠牲にして魔法発動の速さに重きを置いているが、今のジンからしたら最弱のウィンドカッターを受けても瀕死だろう。
ただ、【闇の眷属】。これはジンとしても見過ごすことができない。
【闇の眷属】はEWOでは敵キャラのみが持っている称号のようなもので、これを持ったキャラは全能力に大体職業10レベル分のプラス補正がかかる。
43レベル相当ともなれば、その強さはこの世界における金剛鉱冒険者以上の可能性もあり得る。
そして、【闇の眷属】を持っているキャラには共通した特徴がある。
(この称号は、全種族の敵に忠誠を誓った者が、その忠誠心に応じて下賜される)
誰に?
ファンタジー世界における敵など1つに決まっている。
(——魔王が、この世界にも居るのか)




