26 侵攻の裏で ー後編ー
「“ファイアバレット”」
テレンスが諦めかけたその時、ツノの男に向かって炎の弾丸が炸裂した。ウィンドアローと同様に速度重視の魔法ではあるが、男の魔法発動をキャンセルさせるには十分なダメージを与えられた。
「町の南から爆発音があったと通報を受けて来てみれば……まさか“魔人”が出張っているとはな」
ファイアバレットが飛んできた先にいたのは、男女の2人組。
前に立つのは青い髪が特徴の女性。その手には左右異なるデザインの短剣が握られており、その眼はツノの男をしっかりと見据えていた。
もう1人、後方に立つのは中年の男性。彼の持つ白の短杖が男に向いていることから、彼が魔法を使ったのだろうと推測できる。
2人の姿はテレンスも見覚えがある。
「シアン、どうだ?」
「【眷属】で間違いないでしょう……それと建物の住民の避難は完了です。ギルドマスターも全力で戦って問題はないと思います」
シアンはそう言い、首を縦に降る。
「ありがとう。許可も出たことだし、これ以上町を脅かすお前をを生かしておくわけにはいかんな。“ファイアバレット”!」
「“ウィンドアロー”!」
二つの魔法が激突し、爆炎の花を咲かす。本来威力としても相性としても、ギルドマスターであるクラインの魔法が有利なはずだが、完全な相殺となってしまっていた。
お互いの魔法が消失した後も、2人は魔法への集中をやめない。
「よっぽど武器が強いらしいな!」
「“ダブルダガー”」
クラインが叫ぶと同時に、爆炎に紛れてシアンが風のように接近する。使用したのは、魔力を消費することで次の攻撃回数を増やす“ダブルダガー”。
魔人と呼ばれた男に双刃が迫る。
完全に不意をついたと思われた両手合わせての4連撃は、テレンスのカウンターと同様に魔人の肌を傷つけるには至らない。
「“ウィンドアーマー”だヨ。その程度の短剣なら痛クもかユくもないネ」
「レベル差があるとはいえ全くダメージが入りませんか……」
「“フレイムピラー”……ならどうだ?」
シアンが離脱すると同時、クラインの魔法により魔人の足元から天に昇る火炎が現れる。炎は一瞬で彼を飲み込み兵舎の天井まで突き抜けた。
“フレイムピラー”は、“ウィンドアロー”などの相手を指定して発動する魔法とは異なり、発生場所を指定して発動させ、かつ攻撃範囲の狭い中級魔法だ。
当てるのが難しく発動まで時間がかかる分威力は申し分ない。
クラインは魔力を火柱の維持に注ぎつつ、シアンに確認の意味を込めて合図を送る。
「どうだ!?」
「まだです!」
火炎で姿の見えない魔人が死んでいないことを、盗賊たるシアンは見切っていた。
2人は魔法や攻撃に備えて防御の構えを取るが、魔人は動かない。魔力の消費を確認したシアンは、声を張り上げる。
「備えてください!」
「“サイクロン”!!」
「きゃ!?」
なんと魔人は自分の周りに竜巻を発生させて、炎を振り払ったのだ。魔人自身にもダメージはあるだろうが、風圧によりシアンを吹き飛ばしてしまう。
「シアン!?」
「よそ見ヲしてル暇はないヨ! “魔法複製”“ウィンドアロー”」
「くッ!“ファイアウォール”!」
魔人から2本の風の矢が放たれるのと、炎の壁がクラインを守るのとは同時だった。
炎の壁が1本目の矢を防ごうとするが、2本目の矢が寸分たがわず1本目に重なり、壁を突き破ってクラインに刺さる。
「ぐあ!!」
「フゥゥゥ……さっキの“フレイムピラー”は効いたケド、ワタシを殺すほどじゃないネ……っテ今のを防いだのカ?」
魔人が見つめる先には、杖の先から輝く炎を剣のように伸ばすクラインが立っていた。衝撃こそ殺しきれなかったが、矢はその炎に阻まれて大きなダメージには至らなかったようだ。
「……これくらい防がねばギルドの長にはなれんさ」
「これハこれハ……ワタシと同等以上の速サで魔法を使うなんてネ……さすガ“火炎魔術師”、元王金のクライン。こレ以上の脅威にナる前ニ本気で殺さなイといけないかナ?」
「やれるものならやってみろ……!」
2人の魔力が練られていく。魔法職ではないテレンスが明確に感じられるほど強い魔力だ。それほどの大魔法が放たれる予感がする。
「少し離れますよ」
そう言ってテレンスの目の前に現れたシアンは、その細身の体で大柄な彼の肩を取り飛ぶようにその場を離脱した。
テレンスには何が起こっているのか分からず、声を上げることすらできない。
「“ストーム”!」
「“ラヴァウェイブ”!」
2人の魔術師の声を耳で捉えるのが精一杯だった。
クラインから放たれる溶岩の奔流と、魔人から放たれる横向きの竜巻がぶつかり合う。
2人の魔法は最初の打ち合いの時のように相殺しつつあるが、その余波は先ほどのものと比べるべくもない。テレンスは兵舎から離れた位置まで連れてこられたからこそ、その様子が確認できた。
(兵舎が半壊するほどの魔法のぶつかり合い……あの場にお嬢様がいたらと思うと……)
ぞっとするほどの崩落の中から、男たちは瓦礫を退けつつも姿を見せた。
クラインの服は破れ左腕は傷だらけでだらんと垂れ下がっているが、右手に持つ短杖と鋭い視線は魔人に向けたまま動かさない。
対して魔人は、服はボロボロで目立った外傷こそないが肩で息をしている。
どうやら魔人の方が優勢のようだが、戦意はクラインが上ということか。
相対する2人は言葉を交わすことなく、魔法陣の展開をもって継戦の意思を示す。
ところが魔法陣が出現すると同時、魔人側の背後に突如大きな魔法陣が出現。中心から真っ黒な穴が広がり始めた。
それに気づいたのか、魔人は魔法陣を維持したまま振り返る。
「おヤ。まさかグレートクンがやられるなんテ……君たチ以上の戦力がいるなんテ聞いていナかったけどナ?」
テレンスからは魔人が何を言っているか聞き取れないが、魔法陣の展開をやめて穴に向かって向き直ったところを見るとどうやらその穴に飛び込むようだ。
「逃げる気か!?」
「うーン……ちょっと違うケド、結果テキにそうなるネ。次はエルフの杖ヲ渡さセて貰うヨ」
魔人の男はそのまま空間に空いた穴に身を投げ、消えてしまった。
姿が消え、気配も消えたことでテレンスは大きく息を吐き出し、へたり込んだ。
「…………なんだったのだ、あいつは……」
テレンスにはそう呟くのが精一杯だった。




