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19 ゴブリン侵攻戦①

 朝5時。


 物見櫓に座る兵士の男は眠目を擦りながら、見張りの交代をしていた。


 二人とも、防衛団の団員だ。彼らはハクタの町に入る人間の検問や、櫓に登って敵兵の察知をすることを普段の仕事としている。もちろん有事の際には、前線に立つ兵士としての働きも与えられているが。


「何も異常はなかったか?」


「……ああ。問題ないさ……。早く仮眠室で寝たい……」


「おう、お疲れ。あとは俺に任せて…………」


 突然言葉を切った同僚に、これから眠ろうと思っていた兵士は寝ぼけた頭をかしげた。暁の闇もあって少し分かりづらいが、表情を失っているようにも見えた。


「……どうしたんだ……?」


「おい、あれ見ろよ」


 同僚の兵士が指したのはハクタの北の森。

 今週に入って警戒地域としてお触れが回っており、これから眠ろうとしていた兵士もずっと見ていた場所だ。


「なんだよ、さっきも問題なかったんだから…………」


 ここで兵士は目を覚ます、いや覚まさざるを得なかった。


 小さな影たちが、その領土を広げるが如くハクタの町に迫ってきている。


 今は遠目に見える程度で、見る人によってはさほど脅威に感じないかもしれない。ただ、見張りの兵士たちはその道にある程度通じている。


 ——あれはまずい。

 ——非常にまずい。


 兵士は全身から血の気が引いていくのを感じた。


 北の森の外縁は長く広い。高い櫓の上からであっても、全てを視界に収めるのは不可能なほどだ。


 そんな長い外縁から、朝日を浴びた建物がその影を伸ばすように、()()()()()()()()魔物を吐き出し続けているのだ。


「まずい、まずいまずいまずい!!」


「なんだあの数は……あれだけのゴブリン達がこの町に向かっているってのか!?」


「鐘を鳴らせ!!」


 急いで兵士は櫓に設置されている鐘を激しく鳴らす。

 呼応するかのように、他の櫓でも鐘が鳴った。どうやら北の森の異変に気がついたらしい。


 そしてすべての櫓から鐘が鳴ると、町の朝夕を知らせる大鐘もけたたましく鳴り出す。

 櫓の鐘と大鐘は魔法的に繋がっており、すべての鐘が鳴ることで大鐘も動く仕組みだ。


 それが示す意味は、町の存亡に関わる緊急事態。

 ハクタの町で、その歴史の中で類を見ないほどの危機が迫っていることの合図だった。




(なんだなんだ!?)


 大鐘のとんでもない轟音にジンは目を覚ました。


 何事かと思って宿屋の外を眺めるが、少なくとも建物の周辺で何かが起こっている様子は今のところ感じない。


 町の人たちもジンと同様に、何が起こっているのかわからないようだ。しきりに首を傾げている。


 では空から何か降ってくるのか、と思い見上げてみると、ようやく夜が明けるといった具合で特に変わった点はないように感じた。時間に直すと……


「午前5時から6時くらい……そんなところまでEWOと一緒だってことか!?」


 EWOにおけるゲーム的な意味での日付の更新は“午前5時”。


 これを境に各種ショップの更新やアップデートが実行されていた。もちろんイベントの開始、進行もそうだ。


 得心がいったジンは即座に装備を整え、宿屋の一室を後にした。




「皆、おはよう。私も今朝の鐘で飛び起きた人間の1人だ。ストレスはあるだろうがどうか静かに聞いてほしい」


 鐘が鳴っておよそ30分後、冒険者ギルドの受付に現れたのはギルドマスターのクライン。ジンが初めて会った時はカッチリ決まっていた髪も、寝起きなのか若干跳ねている。


「今朝の鐘は、ハクタの町に住む人間なら知っている者もいるだろうが、町の存亡に関わる緊急事態を知らせる合図だ。合図を鳴らす権限を持っているのは市長あるいは防衛団。先程防衛団より詳細な情報を受け取ったのだが……大量のゴブリンがハクタの町に向かってきているらしい」


 クラインがそう語ると、冒険者達にどよめきが起こる。


「質問は後で受けるから静かに頼む! これらのゴブリン撃退のために、緊急依頼をハクタの町冒険者ギルドから発行する。目標は“ハクタの町の防衛”、報酬は“1人10万クルス”! さらに今回に限っては無職(ノービス)でも依頼を受けることを許可する! 危険だとは思うが、町の中で他の冒険者や町民をサポートしてやってくれ。詳しい内容は依頼書を確認してほしい!」


 依頼の報酬額に一部の冒険者は色めき立つが、あるの冒険者が手を挙げてクラインに尋ねた。

 胸につけているネームタグは(ゴールド)。ハクタの町の中では十分な実力の持ち主だ。


「肝心のゴブリンの種類と数はどうなんだ!?」


「残念ながら、まだ遠いこともあり10分前までの段階では総数は不明だそうだ。種類はゴブリン、ゴブリン兵、ゴブリン弓兵までは確認できている。恐らくゴブリン騎士もいるだろうとのことだ。また、確認はできていないが、敵の大将格としてレベル20のゴブリングレートなる魔物もいるらしい」


 レベル20という言葉に、再度冒険者達からどよめきが起こる。


 レベル20は王金(オリハルコン)冒険者の適正レベルだ。この町の冒険者の最高位は魔鉄(ミスリル)


 更にはその冒険者が長期依頼のために不在ということはギルドに所属するほとんどの人間が知っていただけに、冒険者達には動揺が広がっていた。


「正直、皆にはゴブリングレートの討伐は荷が重いだろう。だが安心してほしい! 目標はあくまでも防衛、討伐の必要はない。更には王金(オリハルコン)パーティの『鉄槌』が討伐に乗り出してくれると情報が入っている!」


 おおお、と声も上がるが、(ゴールド)の冒険者は冷静に質問を返す。


「ただよ、そのゴブリングレート? が町に来ない保証はないんだろ?」


「……残念ながらその通りだ。ただ、情報によるとゴブリングレートはそこそこの巨体らしい。森から出て来たらすぐにわかるはずだ。その段階になったら逃げても構わん、依頼の失敗とも見なさない。……受けるも受けないも自由だが、受ける場合は期限として、ゴブリンの群れ到着予測の7時を設定させてもらう。他に質問はあるか?」


 クラインの問いに、表立って答える冒険者は居なかった。仲間内で受ける受けないの議論を始めている冒険者もいる。


「……では私は下がるぞ。いつものように依頼は掲示板から取ってくれ、諸君らがこの町を守ってくれることを期待する」


 クラインが退席した後も、ギルド内の冒険者達は議論を重ねていた。


 報酬額は確かに魅力的だ。一人につき10万クルスもあれば、それだけで武器防具の新調ができる。

 ただし、魔物の種類や強さに関しては不安が残る。命あっての物種と考える冒険者もいるようで、依頼書を取らずに去る者もいた。


 ジンはそんな混沌とした状況を一顧だにせず、まっすぐ掲示板の元に向かっていった。


 既に受付嬢は依頼書を貼り終えており、誰が取っても良い状態にはしてあるのだが、誰も取る様子はなく掲示板は紙だらけであった。


 ジンはそれらのうちの一つを無言で引きちぎり、受付に叩きつけた。


「俺は受けるぞ」


 その言葉にギルド全体が静まり返る。

 近くにいた(アイアン)冒険者がジンに尋ねた。


「お前(ストーン)だろ? いくら金払いが良いからってそんな無謀なことをするもんじゃないぞ」


「無謀ね……確かにそう見えるだろうな」


「ああ。俺が(ストーン)の頃は……」


「だが今は、(ストーン)だとか(ゴールド)だとか、無謀だとか安全だとか、そういうことを話している場合じゃない。俺はこの依頼を受けて守れる人が居る。だから受けるんだ」


 彼らが話している最中、久々と話し声が聞こえる。


「おい、あいつ知ってるぞ」「クレイジー無職(ノービス)……だよな?」「1日に何百体ものゴブリンを倒したっていう奴か?」「防具もつけてないし、間違いない」「本当にそんな実力があるのか?」「どうせ誰かの横取りでもしたんだろ」…………


 散々な言われようであったが、今はそんな奴らの相手をしている暇はない。


 一刻も早く強くならねば、1匹でも多くのゴブリンを倒さねば、本当に守れるものも守れなくなる。


「ジンさん、本当にいいんですか?」


 男の代わりに尋ねてきたのは目の前で座るマゼンタ。はからずも彼女が今回も受付担当らしい。


「もちろんだ。そのために昨日まで戦ってきたんだからな」


「……死ぬかもしれないんですよ?」


「ここで立ち止まっていたら、何も抵抗しなければ、ゴブリンの波に呑まれて死ぬんだ。それに遅かれ早かれ戦うのなら、お金も貰ったほうが都合がいい」


 ジンは苦笑いして、そんなジョークを言いながらも依頼書をマゼンタに差し出し続けた。


 彼女はそんなジンの目を真剣に見つめ、納得したかのように表情を和らげ、笑顔で答えた。


「わかりました! だったら私は止めません。必ず帰ってきてくださいね!」


 依頼書を水晶玉にかざしたあと、ペンと共にジンに渡してきた。


「ありがとう、もちろんだとも」


 依頼書を受け取ったジンは、署名欄に自分の名前を書く。

 不格好ではあるが、確かに“ジン”と書かれた依頼書をポーチにしまってギルドの外に向かって歩き出した。


 ギルドの出入り口までの道は自然に開いてくれた。

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