18 決戦前夜
それから2日間、ジンはソロでひたすらにゴブリン狩りを決行した。
幸運だったのは、ゴブリン達が変わらず森の外縁に潜んでおり、撃退すると必ずゴブリン兵(と普通のゴブリン)を引き連れて戻ってきてくれたことだろう。
これが突然ゴブリン騎士の群れになったりした場合には全力で撤退するつもりだった。
ゴブリンたちを文字通り朝から晩まで狩りまくり、ジンのレベルは無職では上限の10になっていた。
なお、無職はレベル5から先は全くスキルを取得しないため、単純にステータスだけが上がっただけだ。
一方で、ジンにとって不運なこともあった。
現在、彼は魔物狩りを終えた宿屋の中でそのことについて頭を抱えている。
(“鉄の短剣”と盗賊の職業があれば、問題なくスムーズにゴブリングレートを討伐できるのだが……)
1つは、ゴブリン兵がランダムドロップを落とさなかったこと。
普通のゴブリンからは何度かドロップアイテムとして下級回復薬を入手できたが、ゴブリン兵からは何もなかった。
よってジンはこの2日間、武器屋で買った1万クルスの質の悪い短剣(あえて名付けるなら“ナマクラの短剣”か?)を使い続けるしかなかった。
ただ正直、ドロップ運が絡むためにジンは最初からあまり考慮していなかった。
2つ目、こちらの方が深刻なのだが、ジンが未だに無職であることだ。
本来の予定としてはゴブリングレート達との決戦までに職業を得るつもりだったのだが、想定以上に時間がかかってしまっている。
ジンの感覚的には残り二桁くらいの魔物討伐ができればいいのだが、いかんせん時間と体力の限界だった。
ジンは(恐らく)18歳の体になってから、しっかり一晩寝れば疲れが取れるということを実感していた。工場勤務の時の肩こりなんて全くない。
ただ、予定通りであれば明日から侵攻戦が始まる。職業が得られなかったのは正直痛いが、寝不足で能力を発揮できなければ元も子もない。
(明日、ゴブリングレートとの決戦までに何とか盗賊になりたいものだが)
期間限定イベント通りなら、明日ゴブリン達がハクタの町に殺到し、ソルはその陣頭指揮をとるはずだ。もちろん彼女の騎士たるテレンスも彼女の側に付く。
現在のところノーマン町長子飼いの防衛団なる組織の長が、ハクタの町防衛の指揮を取ると冒険者ギルドからは聞いている。
外部者でもあるソルが指揮を取るというのは、冷静に考えればあり得ない采配なのだが。
(結局『風の巫女を救え!』関連のストーリーも思い出せないままだしな……EWOの全てを集めた男、としては何とも不甲斐ない)
ジンはあくまでもコレクター。アイテムや魔物や職業、もしくは何周もしたメインストーリーならいざ知らず、イベント関連のストーリーも完璧に覚えているタイプではなかった。
せいぜい主要人物と関連する限定アイテム、そしてイベントボス程度だ。
「とはいえ今となっては、EWOのことを思い出そうとしても意味がないな。明日の効率の良いゴブリン討伐の方法でも考えておくか」
ジンはわざと声に出して思考を無理やり誘導し、職業を労力を少なく得るための方法を寝転がりながら考え始めた。
ジンが明日に向かって色々と策を練っている頃、冒険者ギルドの一室では報告会が行われていた。
月に1度開催される、冒険者ギルドの全部署報告会。通常はギルド本部からの連絡や、冒険者やパーティの昇格降格あるいは処分について、もしくは新種の魔物などの情報提供がメインとなるのだが、今回は色々と勝手が違う。
部屋の扉から最も遠い正面にある机には、ギルド長であるクラインはもちろん、町長であるノーマン・プティ男爵、彼から町の防衛権を一任されている“防衛団”団長の3人が並んでいたのだ。
そんなハクタの町の重鎮達が並ぶ中、報告会は進行していく。直前の女性のギルド職員が着席すると同時、次の発言者と思われる男性職員が起立し、手元の資料を読み上げる。
「では次に、町長はじめ皆さまが最も気になっているであろう、北の森のゴブリンについてです」
彼の発言により、厳粛だった会議にさらなる緊張が走る。
「調査に赴いた冒険者達の情報から、現在の敵のゴブリンの数は推定不可。ただし個体での最大戦力は、以前情報提供のあったゴブリングレートのレベル20であると思われます。それ以外に確認できているゴブリン種は、通常のゴブリン、ゴブリン兵、ゴブリン弓兵、ゴブリン騎士です。ゴブリングレート以外はそれぞれの魔石の納品があったため、確度は非常に高いと言えます」
「数が推定不可、というのはどういう事だ?」
厳しい視線を向けるのはギルド長クライン。射抜かれたギルド職員は冷や汗をかきつつも、彼自らがまとめた情報を元に報告を続ける。
「こ、言葉通りです。理由は3点。ゴブリンの出現場所が北の森の外縁部を含めた森全域である可能性が高い事、森の反対側すなわち北の端まで到達でき且つ生還できた冒険者がいない事、件のゴブリングレートが発見できなかった事が挙げられます」
「ふむ、前2つは理解できるが、ゴブリングレートが発見できないことがゴブリンの総数とどう関係するのかね?」
ノーマン町長は純粋に疑問に思ったのか、首を傾げながら職員に尋ねた。
最も、代わりに答えたのは隣に座るクラインだったが。
「町長。これは魔物全般に言えることなのですが、一つの長が統率をするタイプの魔物の群れの場合、その長の周りには親衛隊もしくはハーレムなどが築かれていることが多く、その人口……もとい魔物口密度は他とは比較にならない場合があります。蟻や蜂などをイメージしていただくと分かりやすいと思われます」
「……それは非常に気持ちが悪いですな……」
蟻や蜂の巣の中のようにうじゃうじゃとゴブリンがひしめき合っている様子を想像したのか、ノーマン町長は青い顔をして答えた。
続く話がないと捉えたのか、起立したままの職員は続ける。
「現在のゴブリンたちの動向ですが、依然として自発的に森を出てくる気配はありません。なお、こちらから攻撃した場合は例外なく森の外まで追ってきます」
「ふうむ……こちらから攻め入るのはリスクがありすぎるな……ところで、最悪の事態を想定して推定不可の数のゴブリン達がハクタの町を襲ってきた場合、どう立ち向かったら良いだろうか? 各人意見があるものは答えてもらいたい」
クラインの質問に対し、少し考えて回答をしたのは防衛団団長。
「防衛団の戦力を当てれば、通常のゴブリンは問題ない。ゴブリン兵も低い位置に槍衾を展開すればなんとかなるだろう。ただ、特にゴブリン弓兵が危ない。我々には魔法使いはおろか、弓使いでさえ十分に戦える者は少ない。遠距離攻撃を混ぜられるとあっという間に兵力を減らされてしまう」
「確かにな。もはやどうしようもないことだが、冒険者達には多めの報酬を与えるなどして1人でも多く協力してもらうしかないか……バリスタなどの配置兵器はどうしている?」
「当然北の森に向けて集中配備させている。本来想定した使い方ではないが、少しでもゴブリンどもの数を減らせられれば御の字だ」
EWOのシステム上、バリスタなどの兵器で魔物を倒した場合は特殊な職業あるいはスキルを持たない限り、経験値が入らない。お手軽に強敵を倒せてしまうが故のバランス処置だ。
この世界でも同様の内容が経験則的に理解されており、長い目で見ればメリットの薄い配置兵器も、緊急事態下では使わざるを得ない。それだけハクタの町の上層部は切羽詰まっていた。
「立ち向かうことと繋がるかどうかわかりませんが、朗報もあります。今朝王金パーティ、『鉄槌』が調査依頼に参加していただけると連絡がありました。現在ハクタの町に向かっているそうです。……なお、私からの報告は以上です」
その言葉に、クラインが安心したような笑みをたたえて答える。
「おお! それは確かに朗報だ。彼らが動いてくれるなら少しは進捗がありそうだ。このまま何も起きないといいのだが……と、時間だな。町長や防衛団団長殿も今回は参加いただき感謝します。今回は北の森の事項を優先させるために、本部からの連絡と差し迫った報告以外は取りやめとしていたが、各部署急ぎの報告等はあるか? ……無いようだな。最後に私から。ゴブリンの動向あるいは町の防衛手段に関して、情報やアイデア等は速やかに私まであげてほしい。部下達にも徹底してやってくれ。では解散とする!」
その言葉を皮切りに、職員達が伸びをして帰路についた。
明日以降も大変だろうが、きっと『鉄槌』がなんとかしてくれるだろう。そんな気の緩みも感じられる。
ところが翌日、明け方より異変は始まった。




