11 新たな依頼
誤字報告いただきました。
しっかり読んでくださる方がいて助かっています。本当にありがとうございます。
ジンが目を覚ますと、白鳥の旅立ち亭ではない真っ白な天井が目に入った。
(ええっと、俺は何をしていたんだったか……)
と、体を起こしつつ思い出そうとしていると、頭に声が流れる。
——模擬戦終了、意識の覚醒を確認。
——経験値の配分を行います。
——レベルが5に上がりました。
——スキル“HP増加(微小)”を習得しました。
——スキル“強攻撃”を習得しました。
(そうだテレンスと模擬戦をしたんだったな! 一気に2レベルも上がったってことはかなり善戦できたということだ。スキルもEWO通りのものを習得できたみたいで一安心だ)
“HP増加(微小)”はその名の通り、体力に補正がかかるスキルだ。上昇量は武器熟練(微小)と同じく5%。今はあってもなくてもほとんど変わらないスキルだ。
もう1つの“強攻撃”は攻撃時に魔力を纏わせて攻撃するスキルで、ダメージを上昇させることができる。
ただ、魔法職が魔法の効かない敵に対して攻撃する際には一応役立つが、EWOでは序盤にそんな敵は出現しないので、実質飛距離の出るプチファイアの下位互換だ。
そんな微妙なスキルたちではあるが自分が強くなり、アイテムたちを手に入れるまでの準備が着々と進んでいることに嬉しさを感じる。
うんうん、と喜びに浸っていると、椅子に座る冒険者ギルドの制服を着た男と目があった。
「何やら嬉しそうですね。体調も問題ないようでよかった」
「ああ、レベルアップできたんだ。と、俺は冒険者ギルドで模擬戦をしていたはずだが……ここは?」
「冒険者ギルド併設の休息室と思ってくれればいいよ。大体3時間前くらいにあなたが気絶して運び込まれてきてね。私が魔法で治療したんだよ」
「魔法で、ということはあんた僧侶か?」
「その通り。レベルは15だから、重症じゃない限り治療できるよ。魔法での治療は本来そこそこいい値段するんだけど、ギルドマスターの計らいで今回はタダでいいってことらしいよ」
「ありがたい。冒険者登録したばかりで金が全然ないんだ……ギルドマスターにもお礼を伝えておいてくれ」
「もちろん。じゃあ早速あなたが起きたことを報告してくるよ。……医務室にも連絡具が配備されないかねえ」
なんて愚痴りながら、僧侶の男性職員は去っていった。
……さて、暇になってしまったな。
少しずつ模擬戦のことを思い出しながら、この世界とEWOの違いの検証結果を復習しようと考えていたところ、部屋のドアがノックされた。
「ジンさん! 目が覚めたんですね!!」
僧侶の男性と入れ替わるようにマゼンタが入ってきた。
「ああ、3時間も寝ていたらしい。もしかして心配をかけたか?」
「そうですよ心配でしたよ! 傷は治ってるといってもそのまま目を覚まさない方もいらっしゃるんですから……ジンさんは無職なんですから、あんまり無理はなさらないでくださいね」
「心配してくれてありがとう。でもゴブリングレートと戦うには多少の無理はしないとだから、叶えるのは難しいかもしれない……すまない」
ジンが頭を下げると、マゼンタは慌てたように首を振って答える。
「そんなそんな謝らないでください! 私が勝手にお節介を焼いているだけなんですから……まあでも、これからお話しする内容が内容だから、無理しないでほしいってところもあります」
と、マゼンタは姿勢を正して続けた。
「ジンさんに、模擬戦のお相手だったテレンス様から指名依頼が届いています。内容をお話ししたいのでベッドの横にかけてもよろしいですか?」
「は? テレンス殿から俺に? 言い方は悪いが、正面切って俺を叩きのめすと言ってきたやつの依頼を、どうして受けなくちゃいけないんだ?」
心を折る、力の差を見せつける。
あの場ではレベルアップという目的のために我慢できていたが、今思い出すと腹が立ってきた。
「その点に関しては申し訳なかったとテレンス様から言伝を頂いています。……まあ私もジンさんと同じ意見なんですが」
マゼンタ自身も申し訳なさげな顔をしつつも、少し顔をしかめている。
(ギルドマスターあるいはシアンから、俺とテレンスのことを聞いたんだろうな。他人の気持ちになってちゃんと怒れる、本当に心が綺麗な子だ)
自分が大人にならなければな、とジンは落ち着いて考える。
「ふう、相手が謝罪してくれているんだ。それに今の俺は無職で一番下の石冒険者。仕事はいくつあってもいい、内容を聞かせてくれ」
「ジンさん……っ! これからお話ししますが、本当に受けたくなかったら断ってくださいね」
マゼンタはそう言いながら、ベッドに座るジンの隣に椅子を持ってきた。
手にはノーマン町長の依頼の時と同じような紙が握られている。
「ではご説明します! 依頼概要は『ハクタの町北の森の調査協力』。期限は『ゴブリングレートの討伐が確認できるまで、もしくは隣町への安全な通行ルートが確立されるまで』です。町で既に噂になっているように北の森でのゴブリンたちの動きが活発化しています。強力な個体であるゴブリングレートをはじめ、現在のゴブリンたちの生息域と大まかな戦力と、ゴブリンたちを避けられるルートがあればそれを探るためのお手伝いをしてほしい、とのことです」
ふむ、とジンは内容を自分の頭で反芻しながら考える。
「俺は無職なのだが、町の外での活動は禁止されているんじゃなかったか?」
「確かにそうなんですが、ギルドマスターもテレンス様とやりあえる実力があるなら問題ないとおっしゃっていました。ただ、あまり周りに吹聴しないでいただけると助かります」
「すごいことするんだなギルドマスターも……。わかったありがとう、他人には言わないように努める」
(であれば、依頼内容に変な部分は無いな)
テレンスがこちらを罠にかける線も無きにしも非ずだが、職業のレベル差などを考えれば、ここまで回りくどいことをする必要もないだろう。
「続けますね? 報酬は『最低5万クルス。情報の内容及び成果によっては追加報酬アリ』です。……これもあまり他の人には言ってほしくないのですが、ギルドマスターが値段の交渉をしたそうです。ウチの冒険者への迷惑料はどうした、といった感じで」
と、マゼンタは小声で教えてくれた。
確かにあの時、ギルドマスターからは怒りのオーラというか、そういうものが爆発寸前といった様子だった。
「まあ、確かに多めに報酬をもらえないとやる気にはならないよな」
とジンも苦笑いしながら答える。
「あと特記事項として2つお伝えすることがあります。1つめは、テレンス様は調査を日を跨がない範囲で行いたいそうです。2つめは、調査日程の調整を行いたいから依頼を受ける場合は指定する場所を訪ねてほしい、とのことです」
これにはジンも違和感を感じざるを得なかった。
「調査なのに日帰り? そもそも北の森との往復は通常移動で2~3時間はかかるはずだろう、なんでそこまで非効率的なことを……」
と言いながらジンは思い出した。テレンスが連れていた子供のことを。
おそらくその子供をハクタの町、あるいは冒険者ギルドで保護しているのだろう。であれば危険な調査に連れていけるわけもないし、様子を伺いに帰るというのも理解できる。
生憎ジンには経験がないが、日本でも家族のために毎日何時間も通勤に費やす人物の話は珍しくもない。
「恐らくそのあたりの話も直接テレンス様からあると思います。私としてはあまり受けてほしくないですが、1受付嬢としての見解は、はっきり言ってこれほど待遇のいい依頼は稀です。今後のためにも受けることをお勧めしたいです」
二つの立場の意見をするところからも、マゼンタの煮え切らない感情が垣間見える。
とはいえ、少しばかりの個人的な感情を抜きにすれば答えは決まっている。
「その依頼を受ける方針で、テレンス殿と話がしたい。特記事項の理由によっては断ることもあるだろうが、この依頼自体にデメリットはないからな」
ジンの言葉通り、この依頼を受けるにあたってデメリットはほぼない。
ゴブリングレートの討伐は行うつもりだったし、“グレートなバングル”のみならず臨時収入があるならそれに越したことはないからだ。
唯一のデメリットは、職業獲得の瞬間を他人に見られる可能性がある、ということだ。
この世界にとって正規なものでない職業獲得方法が、既にギルドに伝えてあるゴブリングレートの情報とはその価値が全く違うことはジンも理解していた。
正直これが、どれほどの価値を持つものなのかわからない。
故に職業獲得の瞬間だけは誰にも見られないようにするつもりだった。
ただそれでも、武器か防具を1つ新調できるだけの臨時収入は逃したくない、という庶民的な打算が勝ったことは否定しない。
(もし10レベルに達成するようなことがあれば、そこからは個人で行動しよう。幸い……かどうかはわからないが、もう1つの条件はすぐに達成できそうもないしな)
そう考えていると、マゼンタは複雑そうな顔をして答えた。
「わかりました。テレンス様にジンさんが目覚めたことと、依頼受注を希望することをお伝えします。おそらく返事は明日になると思いますから、今日は宿に戻ってゆっくり休んでください」
「ああ、そうさせてもらおう。目覚めて少し経ったからか、腹も減ってきたしな」
と、ジンはお腹をさすりながら笑った。




