5 ギルド職員講習 —採集—
「さて、今日から講習となります。マゼンタちゃん、準備は良いですね?」
「バッチリです」
ふんすっ、とマゼンタが大きな胸を張る。
ジンとマゼンタ、それにシアンがいるのはハクタの冒険者ギルド、その依頼カウンターだ。
既に依頼を張る時間は過ぎているため、ギルドにいる冒険者はまばらである。
「昨日お伝えした通り、マゼンタちゃんにやってもらう依頼はこちらになります」
【依頼内容】ヒール草の採集および納品
【場所】不問
【報酬】100グリムあたり1000クルス
【期限】依頼受注から3日以内
【依頼主】ハクタの町冒険者ギルド
【特記事項】マゼンタおよびジン以外の直接的な依頼遂行が確認された場合、依頼失敗とみなす
今回実施するのは講習用の依頼の1つ、ヒール草の採集だ。
場所は不問となっているが3日以内に納品ということは、実質的にハクタの町周辺でヒール草を探すことになる。
ヒール草は中級回復薬の原料となる素材で、ナナシ草と違いそのままでも微量ながら体力を回復できる。
そのためEWOにおいてもこの世界においても、応急処置のアイテムとして名が知られている。
「ナナシ草があるからヒール草もあると思ってはいたが……」
「あれはナナシ草と一緒に生えていますから」
ナナシ草とヒール草はほぼ同じ分布で自生している。回復効果を含め、この辺りはEWOと全く同じだ。
(一緒に生えているってのは、厳密にはちょっと違うはずなんだけどな……技術レベル的に遺伝子までは発見できてないのか、それとも別の要因なのか確かめようがないんだけど)
というのも、EWOの設定では、ヒール草はナナシ草の潜性遺伝種だったからだ。
潜性遺伝種とは、全く同じ種でありながら、形や性質が異少し異なる植物のこと。三つ葉のクローバーに対する四葉のクローバーや、色とりどりに咲く花などがその代表格だ。
ドロップ率を潜性遺伝種が外に出る確率とし、ハクタ周辺がEWOにおける最初の町と仮定すれば……見つかる確率は5%程度だろう。
なおEWOではゲームバランスの調整のためか、物語が進むにつれてヒール草がどんどん取れるようになる。
(そう考えると、潜性遺伝はかなり無理のあるフレーバーテキストだったと思うけどなあ……でもフレーバーテキストが現実にあるってのは、コピーペーパーの件でまず間違いないし……わからん)
ひとまずジンはヒール草のフレーバーテキストに関しての考えを放棄し、回復素材のことを考え直す。
ヒール草は冒険の中盤くらいまではお世話になるが、最終的にはヒール草よりも高い回復効果のある“グランヒール草”や“パナケア草”に取って変わられてしまう。
しかもヒール草を使って作る中級回復薬は、それ以外の素材が集まりにくく、作製までの時間を鑑みると店売りのものを買った方が楽だ。
なのでヒール草は初級者〜中級者のわずかな間でしか陽の目を見ない、ちょっと残念なアイテムとして扱われていた。
「ではマゼンタちゃん、復習です。ナナシ草の近くに生えること以外の、ヒール草の特徴はなんでしょうか」
ジンがEWOを懐かしんでいると、シアンはマゼンタに依頼内容の確認を行っていた。
この辺りの知識は、冒険者とよく話をする受付嬢であれば必ず知っているはずだが……講習の一環だろうか。
「ナナシ草とは逆方向に葉が生えることと、搾り汁に粘度があることです」
ジンも実物は見たことがなかったため、記憶のヒール草と照らし合わせる。
搾り汁のことはわからないが、外観はマゼンタの言った通りだ。
「よく言えました。これで確認は全て終了です、お気をつけて」
シアンは冒険者にするような、丁寧な礼で2人を見送ってくれた。
「さてヒール草の採集ですが……森に入らなきゃいけないんですよね?」
ハクタの町を出たマゼンタは、いきなりそう話しかけてきた。
革製の防具を身につけたマゼンタの姿は、普段の受付嬢の制服とは全く違う印象を受ける。
とはいえ服に着られているという印象は受けない。レベルも1ではなかったし、過去に冒険者などの実績があったのだろうかと考えさせられる。
「ジンさん?」
なかなか返事をしないジンを訝しんでか、マゼンタは首を傾げてジンを見ていた。
「ああすまない、考え事をしていた。ヒール草採集のために森に入るのは必須だろう。俺もこの辺りの平原でナナシ草を見たことがないからな」
ジンの返事に、マゼンタはため息をついてうなだれた。
「シアンさんも言っていましたけど、平原でナナシ草自体が取れなくなっているのは深刻ですよね……私は今回ジンさんと一緒だから、運がいい方なんですけど」
そう言って、マゼンタは再びため息をついた。
僧侶レベル4のマゼンタにとっては、ハクタを取り囲む森に入ることもかなり苦労する部類らしい。
運がいいと言ったのは、それをカバーできるだけの実力者が側についていてくれるからだろう。
(俺が無職で頻繁に入っていたことは知っているはずなんだけど、やっぱりこの世界の常識からしたら異端もいいところなんだなきっと)
目の前のマゼンタを見ていると余計にそう思った。
「索敵に関しては俺に任せて、マゼンタは自分が思うように探索してくれ。群生地の情報は知っているんだよな?」
「はいっ、ありがとうございます。今回はギルド職員としての情報網も使っていいとのことでしたから、頭に入っています。一番近いのは、門から東側の森みたいですね」
言いながら指さす方向には、他の方角よりは比較的近くに森が見える。
近いところに群生地があるならラッキーだ。
「それじゃあ行ってみよう。……とその前に、一応この講習のおさらいをしておこう」
「はい!」
「俺は採集と戦闘には極力参加しない。ギルド職員にその経験をさせることが講習の目的だからだな」
「分かっていますけど、怖いです……」
「まあ森に出てくる魔物を考えれば、多少痛い思いをする程度だ。さっきも言った通り魔物の索敵は俺がやるし、イレギュラーな事態には俺も対応しよう。ハクタからの距離もそこまでだから、キャンプの必要もないしな」
冒険者としてジンに足りない能力があるとすれば、キャンプなどのサバイバル術だ。
ハクタを出てモルモに行く頃から問題視している内容であるが、ジェフとテレンスのお陰である程度はできるようになった。
とはいえ今回のような複数人での長期遠征は経験がないし、マゼンタのような女性であればケアして欲しい部分も変わってくるだろう。
その辺りの経験がどうしても無い以上、日帰りできる場所で依頼が完結できる可能性が高いというのはとてもありがたい。
「そうですね……でも、日が落ちる前に採集をやり切ることが重要ですよね?」
「ああ。暗いと草なんかは見えづらいからな、終わらせるのは早いほうがいい」
「わかりました……では、行きましょう!」
両手に持った杖を掲げ、マゼンタが先行した。
声の勢いは良いのだが……ジンにはその足取りが、体格よりも小さく細かい気がした。