8 回復薬の研究と魔道具
ジンはシアンの案内通りに創薬ギルドに行ってみることにした。
冒険者ギルド前の大通りには何人もの男たちがグループになって歩いている。その中にはネームタグを下げている者もいた。
薄暗く材質までは確認できないが、立派な剣(握りの意匠から恐らく、EWOでの“鉄の剣”)を持っていることから石ではないだろう。
途中には酒場、というか踊り子がいるようなものもあるようで、楽器の音や手拍子も聞こえてきた。
日本でいうところの音楽プレイヤーやスピーカーは無いらしく全て生演奏のようだ。このあたりはかえって金がかかっているなと感じる。
金が貯まったらそういう羽の伸ばし方をしてもいいのかもな、と考えるジンであった。
通りをまっすぐ進んでいると、遠目にもわかるほど大きな建物が正面に見えた。既に日が傾いているため薄暗く、ギルド章までは確認できないが間違いはないだろう。
冒険者ギルドとは違い門番が入り口前に立っていたが、こちらのネームタグを確認すると、特に何事もなく通してくれた。
創薬ギルドは回復薬の研究をしている組織。であればそのお得意様である冒険者を断る理由はないということだろうか。そうジンは考察する。
中に入ると、想像よりもはるかに綺麗なエントランスだった。
壁などは木でできているが全て優しい白色に塗られており、椅子やテーブルなどの調度品も白ベースで揃えられているためなんとも清潔に感じる。
正面には冒険者ギルドにとっての受付嬢だろうか、白の制服に身を包んだ眼鏡の女性が座っていた。
その顔は真剣そのものであり、非常に知的な印象を受ける。日本で学力が良いわけではなかったジンにとって、そういうエリートと呼ばれるような人種にはどうにも苦手意識がある。
とはいえこちらを受付嬢が見ている手前、入り口で棒立ちというわけにもいかない。ジンはその女性に近寄り、話を切り出した。
「……俺は冒険者のジンだ。冒険者ギルドから、ここでスライムゼリーの買取をしていると聞いたのだが、間違いないか?」
「スライムゼリーの買取っスね。歓迎するっス、冒険者ジン殿。私が見たことない顔、そしてその石のプレートを見る限り、ギルドにはつい最近登録したって感じっスか?」
……なんともフランクな人だ、とジンは思った。知的で清楚な雰囲気が台無しである。
ただ、正直こちらの方が話しやすい。
「冒険者ギルドには今日登録したばかりだ。このスライムゼリーも今日取ったものだぞ」
そう言いながら、ジンはカウンターにスライムゼリーを差し出す。
本当はどんな味なのか確かめたい気持ちが無いわけではなかったが、金には代えがたい。
「おお、初めてのお仕事でドロップしたんスか! しかもそれを持ってきてくれるなんて嬉しい限りっス。早速買取りたいんスけど、一度上に連絡を取っていいっスか? もしかしたら高~く買い取ってもらえるかもしれないっスよ?」
「それは願ったり叶ったりだ、よろしく頼む」
「よろしく頼まれましたっス。ちょっと失礼するっス」
そう言い、受付嬢はカウンターの下から二つの石が紐で繋がった奇妙な道具を取り出して、それぞれの石を耳と口に近づけた。
(まさか電話の一種か?)
あ、もしもし受付っス、と続く受付嬢の言葉でジンの考えは確信に変わった。間違いなく電話だ。
EWOにはこんなものは存在せず、プレイヤー間のやりとりはチャットもしくは外部の通話アプリケーションで行い、NPC間のやり取りはゲームらしくいつの間にか行われている、という状態だった。
(ということはこれはEWOに無い特殊な魔道具の類、もしくはこの世界独自の魔法体系によるものか!? 職業の取得方法や魔物素材の使い道と同じようにこの世界特有のものはまだあるだろうと考えていたが、未知の魔法もあるとは思わなかった)
こういった道具たちもいつか揃えてみたい、とジンが考えているうちに受付嬢は連絡が終わったようで、電話用の道具をカウンターの下に戻していた。
「お待たせっス。今はスライムゼリーの数が足りてないみたいで、通常1個5000クルスのところ少し高めの6000クルスで買取OKらしいっス! 問題はないっスか?」
なんとスライムゼリーをEWOの12倍の価格で買い取ってくれるらしい。
相当な臨時収入であるが、コレクターのジンには目先の金よりも気になることがある。
「……ああ、問題ない」
「? もしかしてあんまり気が進まない感じっスか?」
「いや、金額が予想以上で嬉しいのもあるが……それよりさっきの道具はなんだ?」
「あ、これっスか? これは遠く離れた特定の相手と会話ができる魔道具っス。私たちはまんま“会話具”って呼んでるっス。ジン殿は珍しいモノが気になるクチっスか?」
と言い受付嬢は先ほど使った魔道具をぷらぷらさせながら答えてくれた。
気になる気になる、とジンは深くうなづきながら続ける。
「どうやって作っているか、知っているか?」
「流石に詳しくは知らないんスけど、なんでも創薬ギルドの研究員が離れた味方にも使える回復薬の開発中に思いついたものらしいっス。いやー、マジで便利っスよこれ。いちいち上司を探す必要もないんスから」
と、どや顔で答えてくれた。さすがに製法までは知らないか。
ただいずれは手に入れたい、と思いながらも話題を切り替える。この世界で新参者のジンにはどうしても確認したい事柄があった。
「冒険者ギルドから聞いてはいたが、本当に回復薬の研究をしているんだな」
「そうっスよ。創薬ギルドの使命は、回復魔法の使えない人たちには傷ついてもすぐに直せるお薬を、冒険者のような危険な仕事の人たちにはケガしないようなお薬を、っス。だからその両方を叶えてくれるスライムゼリーは格好の研究対象なんスよ。もっとドロップしてくれるか、そもそも私たちの手では作れないって分かれば研究は必要ないんスけどね……。ちなみにドロップアイテムは冒険者ギルドに納品依頼をかけても集まらないから、いつまで〜も依頼が達成されなくて、今ではこうして個別買取って形をとってるっス」
受付嬢は少し早口で答えてくれた。後半はただの愚痴みたいなものだったが、前半は砕けた言葉使いとは裏腹の、心からの言葉であると感じさせられた。
それゆえに、ジンの良心がちくりと痛む。
(EWOでの答えは知っているが……さっきの会話具のように、俺が知っていることがすべてではない。言うのはやめておこう)
結論を言うと、EWOではスライムゼリーのような回復とダメージカット両方の効果を持つ回復アイテムの合成・錬金は不可能。
これを伝えることは簡単だが、この世界では不可能ではないかもしれないし、そもそも無職の石冒険者のいうことなど信じてもらえないだろう。
ジンがそんなことを考えていると、
「ってジン殿にこんなこと言っても仕方ないっスね。スライムゼリーの買取分6000クルスをお渡しするっス」
受付嬢はスライムゼリーと交換で100クルスの大銅貨60枚入りの袋をカウンター越しに渡してくれた。ジンはそれを両手で丁寧に受け取るが、60枚も入っているとさすがに重い。
このあと冒険者ギルドに戻って預けられるか聞いておこうと思っていると、受付嬢が会話具を手に取って何やら話し始めた。
「はい、創薬ギルドです。……あー、冒険者ギルドの!……はい……あ、石冒険者ジンさんなら目の前にいますよ。……はい……わかりました、伝えておきます」
冒険者ギルドの誰かと話しているようだが、普通の、しっかりした真面目な口調だ。
彼女と話す前の雰囲気を考えるとこちらの方がふさわしい気がする。
まあ、話しているときの方が雰囲気も良く個人的には好感は持てるのだが。
「あ、ジン殿。今冒険者ギルドのマゼンタさんから連絡があったっス。ジン殿が泊まる宿屋を取ってくれたみたいで、今日のところはギルドに寄らずに宿屋に行って大丈夫みたいっス。お金もジン殿から預かった素材の売値からもう払ってくれたみたいっスよ」
それと、と言いながら受付嬢はまたカウンターのしたをごそごそ漁り始めた。もしかして中身を整理していないのでは? と疑ってしまう。
しばらくして、彼女から差し出されたのは地図だ。
「これはハクタの町の地図っス。今がここにいて、今日泊まる宿屋はここにある“白鳥の旅立ち亭”らしいっス」
と、受付嬢はインクで二つの目印をつける。1つ目が今いる創薬ギルド、2つ目が白鳥の旅立ち亭、と思われる。
冒険者ギルドから更に離れるところになるが、それ以上に宿屋の手配をしてくれたマゼンタたちに感謝だ。
「じゃあこの地図はあげるっス。気を付けて行くっスよ。……あ、今後も良い回復アイテムがドロップしたら創薬ギルドまでお願いするっス! 名乗ってなかったっスけど、私はアルビーって言うっス。だいたい受付にいるっスから、また気軽に声をかけてほしいっス」