45 真意と新たな旅
「改めまして。この度は私のみならず、お父様や屋敷の者も救っていただき、ありがとうございました」
ソルはそう言い、深く頭を下げた。
タルバンのとある宿屋にて、ジン、アンドレ、テレンス、ソルの4人は小さな机越しに向かい合う形で話し始めた。
2人がいないときに、ロベール伯爵の手紙は非常に怪しいという結論を下したジンとアンドレだったが、
ソルとテレンスはこれまでに怪しい部分がなかったことや、会うことを躊躇うことが良いことではないと言うことで普通に部屋に通した形だ。
ちなみに追加の椅子は宿に頼んで用意してもらっている。
「頭を上げてくれ。俺は俺にできることをやっただけだ。既にロベール伯爵から報酬を貰ってもいるからな」
「ですが……ジン様が行ってくださったことは、たとえお金を積んでも出来ることとは限りませんし、そもそもあの時まで報酬の話は一度も、」
「お嬢様……これでは話が進みませんよ」
「……そうですわね」
横のテレンスからの指摘に、ソルは一度コホンと咳払いをして本題を切り出した。
「私はこの度、ジン様の旅の共になりました。その真意と根拠となる知識を伺いたく思いまして」
「真意と知識? いや別にいいんだが、そもそもまだ正式じゃないし、そこまでかしこまらなくてもいいんだぞ?」
ジンはどうどう、と腕を出しながら考える。
知識の方は、おそらく別の世界から来たことについてだろう。
ダンジョンのサンドワイバーンを倒した後、ソルたちには自分の出自について本当に軽くしか伝えておらず、またその後も準備や状況把握のために時間を割き今の今まで詳しく話はできていなかった。
真意の方は……確かにジンは伯爵に対して、ソル達の意向を考えずに彼女らを旅の仲間にしたいと提案した。
ソルからはあの場で仲間になることを了承してもらっているものの、不平や不満があるかもしれないとはジンも考えていた。
話があるにしてもそのことについてだろう、とも思っていた。
「いいえ、ジン様がどう捉えていらっしゃるかはわかりませんが、ジン様は間違いなく我が家を救ってくださった方です。私とテレンスだけでは決してなし得ない偉業……私はそう思っております。それに私は知りたいのです。ジン様ほどの知識と腕、それに異なる世界とはどのようなものなのか」
だが目の前に座るソルの目は真剣そのもので、不平や不満といった負の感情はまるで見えない。
本当に言葉通り、ジンの考えを聞きたいのだろう。
大人として、真摯に答えねばならないとジンは姿勢を正す。
「そうだな……まず、あの場で話したことは真実だ。ソルの魔法を操る腕、テレンスの防御の技術は簡単には手に入らない一種の才能、もしくは努力の結晶だと俺は思っている。盾を使わず、魔法もロクなものを使えない盗賊が言っても説得力はないかもしれないが、俺の知っている中では間違いなくトップクラスだよ」
「まあ、そこまでお褒めいただけるとは……光栄ですわ」
ソルは顔をほんのり赤くし、両手を合わせて深く礼をした。
テレンスは何も言わなかったが、腕を組んで少しジンから視線を逸らしていた。
「まあとりあえずはそんな感じだ。それにそうだな……うん、こう言っては失礼かもしれないが、俺のやることと知識を信じてついて来てくれたこともあるんだろうな」
「どういうことですの?」
「俺の元いた世界の詳細は後に回すとして、元いた世界の知識をテレンス殿ーーすまん、仮でも仲間になったのにこの言い方は無いよな。知識をテレンスにも伝えたし、ソルたちは俺の助言をもとにとてつもない努力をしたと思う。だからこその今のレベルだろうし」
「……その通りですわ」「……そうだ」
2人は首肯とともに少し表情を曇らせる。
ジンが教えた知識は、端的に言えば“少人数の仲間で魔物を倒せば簡単にレベルが上がる”というものだ。
しかしながらこの世界での冒険者や兵士のレベルを見る限り、少人数の仲間で戦うというのはメジャーではないのだろう。
少人数対大人数の経験が少ないのはテレンスたちも同じはず。それ故の苦い経験を思い出していたのだとジンは推察する。
(思えば最初に見かけた時も、ゴブリン数匹から逃げていたもんな……ソルを保護する目的があったからかもしれないけど)
そこまで考え、ジンは2人に語りかけるように続けた。
「でも2人が経験してわかったように、あの鍛え方はとても危険だ。でもそんな行動を、リターンがあるか不透明な状態ながらも信じて続けてくれた。そして2人が俺を信じてくれたからこそ、サンドワイバーンやルインを倒すこともできた、と思ってる。長々続けたがあれだ、」
一度言葉を切り、今度はジンが少し目線を逸らせた。
「2人、いやここにいるアンドレを含めて、信頼できる仲間だって、そう思ったんだ。だから、一緒に着いて来て欲しかった」
恥ずかしさでしどろもどろになりながらも、ジンはそう答えきった。
「俺がこの世界の人間でないことは言ってあったと思うが、そこではなーー」
しばらくして。
4人の座っている椅子の前には丸テーブルと軽食が置かれていた。これらも椅子と同じタイミングで宿にお願いして用意してもらったものだ。
ルームサービスなどは元々なかったため従業員は難色を示していたが、そこは代金に色をつけてなんとかしてもらっていた。
伯爵の報酬のありがたみを早くも感じたジンだった。あの金があるからこそ、こういう部分でも無茶を効かせられる。
さて、そのように適度に食事をとりつつ、ジンを中心とした話は盛り上がっていた。
「——なる程、ジン様がこの国にいらした理由は分からない、と」
「それよりも、ジンが職業の女神と実際に会ったことの方が驚くべきことかと。私たちの常識に照らし合わせれば、それは天啓以上の出来事となりますから……誰にも話していないんだよな?」
「ああ。女神からも教会で祈るな、と何度も念押しされてたからな。にしても女神のことを他人にあまり話すつもりはなかったが、バレればかなりの騒動になりそうだ」
「そうですわね、特に教会の方々が何を仰るかはわかったものではありませんし」
『女神の基準で言えば教会は悪、ということになりうるし、の』
などなど語っているといつの間にか用意された食事がほとんどなくなっていた。そのことに気がついたテレンスはソルたちに声をかける。
「お嬢様、お食事がなくなりそうですが……」
「そういえばそうですわね。お話に夢中で気がつきませんでした」
『ふむ、夜も更けておる故、2人には帰ってもらったほうが良いか、の?』
「そうだな、……じゃあ最後に、俺たちのこれからの方針を伝えたいと思う。ソルとテレンスには別日に伝えるつもりだったんだが……せっかく集まったんだ、ここで話をしよう」
ジンが姿勢を正すと、他の面々も自然と背筋が伸びていた。
「まずソルとテレンスには、引き続きタルバンでレベルアップに勤しんでもらう。メンバーはアンドレを加えた3人でだ」
「……ジンは参加しないのか?」
「俺は前に言った通り、職業を変えないとこれ以上強くなれない。だからその解消のために別で動くことにするよ」
「そういえばそうでしたわね。レベル25以上になるには職業変化が不可欠、でしたよね?」
「ああ」
ジンとアンドレのレベルは、伯爵邸襲撃直前には次のようになっていた。
名前:ジン
種族:人間
レベル:盗賊レベル25
名前:アンドレ
種族:カーススケルトン レベル35
レベル:双剣士レベル26
レベル25は特別なアイテムを使用しない限りは基本職の最高レベルであるため、能力値的に強くなることができない。
そのため、ジンがこれ以上強くなるには、ソルたちの言う職業変化、すなわち上級職への昇格を目指す必要がある。
「“ポータブル女神像”、もしくは回数制限のない“女神像”があれば一発解決なんだが……」
『やはりあれは我が使わない方が良かったのか、の?』
「ん? ああすまん、アンドレを責めたりはしてないさ。あの時の戦力アップなら、アンドレが双剣士になる以外なかったんだから。とにもかくにも、教会で祈ることを禁じられてる以上、“女神像”を独自に入手するために動く。方針は例の如く女神様から教わってるしな」
そう言うと、ジンは肌身離さず持っている図鑑をポーチから取り出し、表の表紙裏を開いて全員に見せた。
そこに貼られたポストイット……以前より少し大きくなったそれを読んで、
「何度見ても、不思議ですわね。どの国でも使われていない、文字かどうかもわからないものが読めるなんて」
「ええ、本当に。ジン、『達成率10%でポータブル女神像を3個差しあげます』というのが、今回の目標ということになるのか?」
『達成率を上げるには、魔物を倒したかどうか、そしてその魔物が落とす2種類のドロップを取ったかどうか、だったか、の?』
「正解だ。そして俺はそれを満たすために、あえて旅路を逆戻りして達成率を上げることにする。前はできる限り新しい場所に行った方が効率はいいと思ってたんだが、黒幕のせいでレベルアップが最優先になる。で、ソルとテレンスのレベルアップと並行して図鑑埋めは難しい。なら、むしろ戻った方が安全だし、元より俺は職業変化をしてもレベルアップはしないしな」
そう、ジンのレベル的に魔物がレベル12以下であれば、上級職であっても経験値キャップのせいで経験値が入らない。
そして、モルモとハクタ周辺の魔物はいずれもレベル12以下であることはEWOの経験上既にわかっている。
新天地に4人で行き、レベルアップと図鑑埋めを並行して進めることも考慮したが、ダンジョン以上の効率で経験値を得ることも難しく周辺の領地にはダンジョンは無いらしい。そのためまずは必要な強さを得てから行動した方がいい、と考えたのだ。
「だから数日したら、俺はまずモルモに向けて発つつもりだ。アンドレは2人の補助と指導を頼むぞ」
力強く頷くアンドレとは対照的に、ソルはどことなく不安な様子だ。それを感じたのか、ジンは声色を変えて話しかける。
「サンドワイバーンを倒せたソルなら大丈夫だ。あの魔法は野良の魔物にも十分効果はあるからな。まあ、燃費は割に合わないだろうけど」
「わ、私が心配しているのはジン様のことです!」
少し上擦り気味で答えたソルへ、ジンは微笑んで答えた。
「大丈夫だ。出てくる魔物は全部頭に入ってるし、もしイレギュラーが現れても逃げる方法はいくらでもある。それに週に1度は冒険者ギルド経由で手紙を出すし、何かあってもギルド経由で皆に連絡が行くようにはする」
「……わかり、ましたわ。ですがジン様、本当にご無理はなさらないでくださいね」
「勿論だ」
それはジンの、心からの答えだった。
最初は1人だった旅も、今では3人の共ができ、そしてこれからはもっと増えるかもしれない。
そんな人たちを悲しませたくないと、ジンは本気で思ったのだ。
(俺も、変わったってことなんだろうか)
転生前ーー特に社会人になってからは、EWO以外の全てがどうでもよかった。
EWOが生きる意味で、その世界だけが全てでよかった。
もしかしたら、今生きていると感じているこの世界が、そんな色のない日常を送っていた自分の願望が見せる夢なのかもしれないと、何度か思ったことがある。
でもこの世界に住んでいる人たちは、当たり前のようにそれぞれの過去を歩んできていることを、ジンは知っている。
今ジンを見ている3人も、それぞれジンが考えもつかないような過去があってここに居るはずだ。
それも不承不承であったり、ましてやキャラメイクのように作られた存在でもなく、皆それぞれの考えと人生を持って。
そのことを思うと、心がどうにも暖かくなる。
EWOのように1人では決して味わうことのなかったこの感情を、ジンは何と呼ぶのかわからなかったが、悪いものではないと思った。
「ーーリーダーとして、仲間の想いには答えなくちゃいけないからな」
これにて第4章閉幕です。
3章まで連載を追ってくださっていた方には非常に申し訳なくなるほど筆が遅くなってしまい……本当にお待たせいたしました。
4章最初の話から完結まで約9ヶ月て。Web作家としてはあるまじき遅さですよね本当に。作者が一番わかっております。
言い訳となってしまいますが、本章の執筆を開始してからすぐ、主に仕事での変化が多くなり、私生活での余裕もなんとなく無くなり、それに伴い創作意欲と元気が低空飛行を続けずるずると……ということになってしまいました。
社会人生活と創作の両立の難しさを本気で味わいました。
社会人作家の方の情熱と意欲を尊敬します。本当に。
さて“ジョブマスター”の話に戻りますが、転生者流のダンジョン攻略、いかがでしたか?
ルインという2章からの黒幕との戦いも書けて作者的には満足といった具合です。
もし読者の皆様も楽しんでいただけたのであれば幸いです。
ですが、原稿の遅さとかは課題ですので、次章は原稿の作り方を変えたいと思います。
具体的にはプロットを詰めます。
実の所4章はプロットなしでしたからね……申し訳ない……。
最終話の更新時点で次に書きたいこと、キーとなる事柄は決まっているのですが、それ以外の詳しい構成も決めてから原稿を書き始めたいと思います。
回収しきれていない内容や伏線も結構ありますし。皆様も気になることが多々あるかと思います。
ですので、“ジョブマスター”の次回更新はかなり先になると思います。ですが、ジンの物語は作者の頭とプロットの中でまだまだ続いていきますので気長にお待ちいただけると幸いです。
最後に作者からのお願いです。
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