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40 伯爵邸解放戦⑥

 アンドレに突撃のサインを出したジンは笑みを浮かべた。


「アイツにしてみれば意味がわからんだろうな。一般的な剣士(ソードマン)の最高火力でほぼ無傷だったのが、急にダメージが入るようになるんだからな」


 ジンのいう剣士(ソードマン)の最高火力、というのは20レベルの人間(ヒューマン)が使う“強化斬撃”を指す。


 この段階で“剣熟練(中)”を取得し攻撃力が15%増えるため、それなりのダメージがあるはずだが、“ウィンドアーマー”を付与したルインへのダメージは微々たるものだった。

 そのため当のルインは、アンドレのことを自分に挑むにしては低レベルだと考えたのだろう。


「——ガフッ、ドういウ……!?」


 事実、ルインは体を傷つけられながら痛みに震える様子も、苦痛を我慢する様子もない。何が何だかわからず、現実を受け止めきれていないという雰囲気だ。


『敵にタネを教えるわけがなかろう』


 アンドレの次の攻撃は大上段からの振り下ろし。ルインはそれを、若干の戸惑いを残しつつ両手に持った黒杖で受け止めようとする。


 ギィン、という甲高い金属音とともに2つの武器の勢いは確かに止まった。


「カハッ……」


 だが、ルインは息を漏らした。

 自分の右胴に新しい傷ができたからだ。小さなものではあるが、最初にアンドレからもらった傷よりは確実に大きい。


『……まあタネというほど、大したことはない。お主が偽の情報を掴まされただけだ、の』


「偽の情報、ダト……?」


 アンドレが()()に持った剣をルインの腹から引き、少し距離をとった。そして剣を滴る紫の血を振り払う。


『今の我は剣士(ソードマン)ではなく、双剣士(デュアルソードマン)という職業(ジョブ)だ。確かに二刀流をするものは数えるほどしか見ことがない故、お主も考えつかなかったんだろうが、の』


 双剣士(デュアルソードマン)は、剣士(ソードマン)からの派生上級職。その名の通り双剣を使うことに特化した職業(ジョブ)だ。

 通常の上級職である上剣士(ハイ・ソードマン)と比較して、一撃が弱い代わりに連続攻撃ができるのが大きな魅力である——というのがEWO内での触れ込みだ。


 だが実際のところは、そうもいかない。


「ナ……! 双剣士(デュアルソードマン)の転職条件なんテ、意図的に行わナい限リマズ達成しナイ、ハズ……!!」


 それは攻撃力アップなどのシステム的なところは横に置くとして、そもそも2本の剣を同時に操ることは難しいからだ。

 普通の剣士(ソードマン)が1本の剣で戦うのもそれが理由と言える。


 ジンはジンで両手に1本ずつ短剣を持つことはあるものの、大抵利き腕の右手で攻撃、左手で防御やいなしをする。言い換えれば左手の短剣は盾の役割をしている、ということになる。


 そして双剣士(デュアルソードマン)への派生条件は、“2本の片手剣を両手に装備し、それぞれの剣で攻撃した敵を200体倒すこと”。


 ただでさえ扱いの難しい双剣を操り、実力差に任せたワンパンは禁止。その上で25レベルという一流の域に達するなど、ルインはもちろんアンドレも正気の沙汰でないと感じた内容だ。


(だが逆に言えば、それをすれば相手の裏をかける)


 ジンは自分やアンドレたちが考えた作戦を思い出す。


(その上で“ポータブル女神像”で教会を経由することなくアンドレを転職。“アノニマスク”がある以上、ただの疾風魔術師(ブリーズマジシャン)が“アナライズ”でアンドレの職業(ジョブ)を知ることは不可能……だからこそ、攻撃に緩急をつけて最大火力を確実にぶち当てる)


 この作戦の“緩”は最初僅かな傷をつけるにとどまった“強化斬撃”。この時アンドレは片手剣装備であり他にスキルを何も使用していない。


 元々剣士(ソードマン)として得た“剣熟練(中)”をアンドレが忘れたわけではないが、双剣士(デュアルソードマン)とその最上級職でいるうちは、“剣熟練”系統のスキルが効果を発揮しないためだ。


 これはEWO内のゲームバランス調整の結果だったはずだが、この世界にもそれが適用されることはジンがダンジョンで検証済みである。


 さて、対する作戦の“急”はつい先程の2つの傷だ。これはアンドレが持っているスキルのほぼ全てが発動していることになる。


 カーススケルトンの種族スキル、“魔力変換(力)”。

 双剣士(デュアルソードマン)のスキル“二刀熟練(中)”。

 同じく双剣士(デュアルソードマン)のスキル“同一武器使用強化”。

 そして、“リビングメイルの剣”2本装備による単純な攻撃力上昇。


 ——それらによる総合的な攻撃力上昇量は、実に2倍以上になる。


「ダガ! この距離ナラまだワタシの方ガ有利! “ウィンドアロー”!!」


 それを知ってか知らずか、これ以上のダメージは御免とばかりにルインは全力で退避し、魔法を放つ。

 それを受けるアンドレは剣を薙いだ後で、とても回避は間に合わない。


『……ふむ、何かしたか、の?』


 だが、アンドレの顔に突き刺さったはずの矢は霧散するように消えてしまった。


 当然ながらこれは“エレメントリング【凪】”の無効化能力だ。ここまで効果を温存していたのもまた、“急”に向けた作戦の1つだった。


 “エレメントリング【凪】”は、ルインのレベルでは“サイクロン”以外の風魔法が全て無効化されると、以前ジンは皆に説明した。

 実のところこれは、全員に理解できるようにするために、そして驚かせるためのわかりやすく簡潔な説明だった。


 本当の効果は、“職業(ジョブ)レベル30未満で取得できる風魔法を全て無効化する”というもの。ちなみに【凪】以外の他のエレメントリングも同様の効果を持っている。


 そしてその無効化対象には、“ウィンドアーマー”などの補助魔法も()()()()


 つまり、アンドレを貫くはずの矢はもちろん、ルインを守る風の鎧でさえ、エレメントリング【凪】の前では全くの無力。


 それを理解したのか、ルインは諦めたかのような乾いた笑みを浮かべた。


「イツの間に……」

『いつ装備したか、という質問であれば吹っ飛ばされた後か、の』


 距離を十分に詰めたアンドレが全力の斬撃を放ったのは、その言葉が言い終わった直後のことだった。





 血塗れで倒れ伏すルインの元に、警戒しつつもジンが近づく。

 それに気づいたか、ルインもまたジンを見た。その瞳には未だに信じられない、信じたくない、と言った感情が見て取れた。


「お前の敗因は簡単だよ。エレメンタルリングが貴重品であると考え、対策をしなかったことだ。“風属性強化(特大)”、“MP自然回復短縮(超)”、“戦闘中MP自然回復”、“自動MP回復”。お前が追加で覚えたスキルは全て、今ある魔法をより強く、より多く撃てるようにするものだからな」


 ジンの言葉にルインは小さく、だが確実に目を見開いた。

 これらは全て、ジンが盗賊(シーフ)のスキル“観察強化”を使って得た情報だ。


 “観察強化”も“観察”と同様にEWOから少し効果が変わっている。しかも“観察5秒に1つ、対象の詳細な情報を読み取る”というとんでもなく柔軟性のあるものにだ。

 その効果により、ジンはルインが本来覚えていないスキルを割り出したわけだ。


 EWOでは“連射魔法使い(メイジ)”と呼ばれ、MPをなんらかの手段で回復させ手数と威力で相手を押し切る、比較的ポピュラーな育成の型だ。


 そのため、ジン自体もそこまで深く考えることなく対策はできた……というかできてしまった。どれだけ魔法の威力を強化しようとも、それがレベル30未満で覚える魔法である以上防げてしまうためだ。


 もっともEWOでは……とそこまで考えて、ジンの意識はルインへと向き直る。


「まあ、エレメントリングを手に入れる前に殺すって行為は、ある意味1番の対策だったかもしれないがな。運が悪かったな」


「オ前は、一体……何者、なンダ…………?」


「俺は……ただのネトゲ廃人だよ。まあ、お前には通じないだろうがな」


 ジンの意味のわからない言葉に、ルインは見開いた目を力無く閉ざしていく。


「なんだ、ソレは…………」


「さてお前に聞きたいことが……あったんだが死んだか」


 ジンのその言葉を皮切りに、周りの景色がぐにゃりと歪んでいく。

 見ていて気持ちの良いものでは決してなかったが、すぐに収まってくれた。


 再びジンの視界に映ったのは、自分の先に続く通路。壁や内装は伯爵邸のそれに似ているとジンは感じていたが、その後ろからソルが安心したように深く息を吐き、全員に声をかけた。


「ここは……お父様の書斎につながる廊下、ですわ……!」

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