39 伯爵邸解放戦⑤
「“ウィンドアーマー”!」
アンドレとルインの攻防で、先に展開を動かしたのはルインだ。以前、シアンの斬撃を無傷で切り抜けた防御魔法を発動させる。
『“強化斬撃”!』
ただし、それに対するアンドレは魔法発動の隙を見計らっていた。ガラ空きの胴を狙って剣を振るう。
結果として斬撃はルインに届き、紫色の血が宙を舞った。
『むぅ……』
だが、アンドレの想像よりも遥かに傷が浅かった。
ローブとその奥の皮を少し切る程度のダメージしか与えられていないようで、ルインの表情に再び余裕が戻る。
「こんナモンか……警戒シテ損しタナ。剣士と思ッテたケド、レベルは低めなのカナ? コレならドウ? “ストーム”!」
「“ストーム”!!」
アンドレに向かって放たれたルインの魔法と、ソルの魔法がぶつかる。ソルがルインの魔法を相殺しようとした形だ。
しかし、
『ぐっ!』
ルインの魔法がソルの魔法を容易く飲み込み、逃げきれなかったアンドレに襲いかかる。
強力な風に煽られ、簡単に壁まで吹き飛ばされた。
「あまりに魔法の威力が違いすぎますわ……!!」
ダメージを負ったアンドレを見て、ソルが唇を噛む。
職業的はもちろん、持っているスキル的にもルインの方が遥かに上であることをジン以外は知らない。
そしてそれを、今は伝えることができないことにジンも歯噛みをする。
「ホウ……ワタシの魔法に自ラの魔法ヲ合わセル技術、どこで覚エタのかハ知ラナイけどさすガは天才、と言えバいいのカナ? “ウィンドアロー”」
「! “シルフアロー”!!」
またも2人の魔法がぶつかり、今度は相殺されて周囲に強風を撒き散らす。
ルインの言う通り、ソルの魔法発動と魔法制御は天才の域に達している。
EWOにおいても、相手の魔法を把握してカウンターパンチ的に後出しで撃てるプレイヤーは稀だった。廃人のジンでさえできなかったといえばその希少さが理解できるだろうか。
「イヤイヤ! 不意打チ気味のウィンドアローにも合わセルなんテネ!! 貴女を殺さねバならナイのが残念ダよ、本当ニ」
軽く拍手をしながらも、ルインは次の魔法の準備を整えていた。
「じゃあ防ぎようノナイこれならドウかな? “ストーム”」
「テレンス!」
「“身代わり”!!」
ここで動いたのはテレンス。ソルとルインの間に立ち塞がってスキルを発動。
テレンスを中心にドーム状に光が広がり、ソルをも包み込んだ。
その直後ソルを中心に旋風が吹き荒れ、目隠れ状態だったテレンスの髪がかき上げられる。髪の内の精悍な顔つきを見てルインが叫ぶ。
「貴様、あの時の騎士! またワタシの邪魔ヲすルノか!!」
激しい言葉を飛ばすルインに、テレンスは何も返さない……のではなく、返すことができないほどにダメージを受けていた。
騎士が取得するスキル“身代わり”は、スキル効果範囲である光のドーム内の仲間へのダメージを肩代わりするスキル。
だが、基本職の騎士の魔法防御力は低くはないが高すぎもしない。結果、テレンスでさえ無視できないほどのダメージを負っていた。
それでもテレンスの口角は上がっている。なぜなら彼の後ろでは主人が魔力を杖に流しており、自分の役割である魔法発動までの時間稼ぎは達成できたからだ。
(隙は作りました、あとは、お願いします)
「“シルフィードブレス”!!」
テレンスが跪くように体を下げると、テレンスに守られたソルと、ルインとの間の射線が開ける。
そして“風の祝福の杖”の効果によりエルフの上位種族、“ハイエルフ”が使用できる魔法が発動した。
ソルの隣に現れた魔法陣から、全身が裸の、それでいてソルよりもさらに3分の1ほど小さい緑色の女性が姿を表す。
「アイツを攻撃して!!」
ソルが杖でルインを示すとその女性はコクリと頷き、ふーっと、まるで貴婦人のような所作で左手を顎先に添えて息を吐いた。
まるで絵に描いたような優雅さだ。
少なくとも彼女を見ていた者はそう感じ取った。
「!! “魔法複製”、“ストーム”!!」
しかし、息を向けられたルインが感じたのはそれだけではない。明確な敵意、破壊の力だった。
ルインは“ストーム”の上位魔法である“サイクロン”を使うことができるが、即時に発動できるものではない。
ならばせめて、と2つの“ストーム”を発生させ、自分への行く手を阻むように立ち塞がらせたのだ。
その上でルインはソレから逃れるために動き出そうとしたところで、ストームがかき消される。
「なに——ガァァァァアア!」
全身を襲う衝撃に、ルインは叫びながら吹き飛ばされ、壁に全身を叩きつけられた。
“シルフィードブレス”は“シルフアロー”のように精霊の力の一部を借りるのではなく、精霊をその場に喚び出して攻撃をしてもらう召喚型攻撃魔法。
その威力は無論“シルフアロー”の比ではなく、ルインの切り札である“サイクロン”を魔法複製してようやく五分。
そして先述の通り“サイクロン”は即時に発動できるものではないため、先打ちならば必ず“シルフィードダンス”が勝つ。
「ジン様、やって、やりましたわ……!」
“風の祝福の杖”のデメリットによりかなりの魔力が失われ、ソルは膝をつきそうになりながらも静かに宣言をする。
元よりソルは、隙があるなら使ってくれとこの魔法の存在をジンから教わっていた。
ソル自身の能力の低さから、本当のハイエルフが使うシルフィードダンスと比べれば弱いものの、精霊属性が弱点のルインには有効な一撃になるからだ。
壁に叩きつけられたルインは一瞬気絶でもしていたのか、ハッと顔を上げて頭を左右に振った。
「くそッ……想定内とはイエ、精霊魔法はやはり侮れナいネ……今のでワタシの体力が3割は持ってイカれたカナ……デモ、“アナライズ”」
しれっと相手の状態を見る魔法を発動させつつ、全身から少なくない血を流しながらルインが言う。
「……デモ、貴女の切り札はソレで終わり。魔力がほぼゼロ、加エテ魔法薬は数が多くナイし、護衛も虫の息と攻撃がワタシに入らない雑魚2人。本当ニ惜しいケド、これでサヨナラだ。“サイク—”」
『“強化斬撃”!!』
ルインがサイクロンを発動させようとするのと、アンドレがシルフィードの息によってに巻き上げられた瓦礫から飛び出してきたのはほとんど同時。
それでも流石はアンドレと言うべきか、一瞬だけアンドレの剣がルインに到着するのが早い。
だが、ルインはそれを気にも止めない。スキルを使用したところで、ウィンドアーマー越しの自分にダメージをほとんど与えられないのはつい先程の攻防から明白。
それ故に、魔法発動を止める理由はない。
その筈だった。
「——エ?」
アンドレの剣が、ウィンドアーマーを素通りし、そしてルイン自体の防御力を上回る力で、ルインの体に2本の刀傷を付けた。