36 伯爵邸解放戦②
だが、指揮官の合図からどれだけ待っても矢や魔法は飛んでこない。
「お前たち、どうし——!?」
指揮官はここで初めて振り返り、そして言葉を失った。
魔法使いおよび弓使いの混成部隊10名が、倒れていたのだ。
「く、来るな化けも」
その言葉を最後に、唯一意識のあった魔法使いの喉に短剣が突き立った。
それを力任せに引き抜いたジンが、指揮官に向かってため息とともに声をかける。
「これで後衛は全滅。自分が仕組んだ通りに行くのは気持ちいいが……後ろで何が起こっているかは把握しておけよ。指揮官に限らず全員」
「い、いつの間に……!?」
「テレンスに気を取られている間にな。いやあソルもテレンスもいい感じに目立ってくれて嬉しいよ」
ジンにしてみれば単純な話だ。
親衛隊たちは突撃してきたテレンスを弾き返そうと、槍と盾を彼に向けた。
親衛隊の真正面、すなわち部屋の中央に槍を向ければ、端のそれは壁から大きく離れることになる。
ジンはそのわずかな隙間を走り抜けたのだ。
誰にも気づかれずにそんな大胆な行動を可能にしたのは、盗賊のスキル“気配隠蔽(中)”。
そしてそれを敢行しようと思ったのは、最初の声かけの時点で同じく盗賊のスキル“気配探知(中)”に後方の魔法使いが引っかかったからだ。
それに加えて、先日の襲撃で魔法使いと弓使いを何人も相手にしたという経験もある。
ただでさえ、近づかれればたとえ盗賊相手でもまず勝ち目のない2つの職業。相手にとっての仲間すなわち別の敵を、時に盾に、時に射線の邪魔になるように立ち回ればハードリビングメイル達並みに楽な戦いだと感じた。
「で、隊列の順番的に次はお前だな」
「ひぃ!!」
ジンが血濡れの短剣をあえて拭かずに見せびらかすと、指揮官が後ずさるが、部屋を塞ぐように並ぶ親衛隊にすぐにぶつかる。
彼の狼狽加減がひどいせいかすぐに他の親衛隊たちにも伝播、いつの間にか背後から現れた敵に驚いているようだ。
あまりにうまく行き過ぎて演技を疑うレベルだが、親衛隊という恐らく鍛錬一本で生きてきた者たちにそれを求めるのは酷だろう、というのはジンにも分かっていた。
故にもう一度ため息をつき、今度はこの場にいる全員に知らせるように声をかけた。
「……あのな、もう一度言うぞ。後ろで何が起こっているかは把握しておけ」
「“強化斬撃”!」
ジンの声とともに、元の場所に置いてきたアンドレが親衛隊に攻勢を仕掛ける。
それもスキルを用いた全力でだ。
「ぐああ!!」
それを受けた親衛隊が、その場で倒れた。ピクリとも動いていないところを見ると、殺した可能性もある。視力の問題で“観察”がギリギリ使えないのが惜しいところだ。
(ん? もしかして今のバックアタックか? 親衛隊達のステータス的にそうじゃないと説明がつかないが……)
「この状況で考え事とは、貴様私を舐めているのか!!!」
急に指揮官が切りかかってきて、ジンはそれを咄嗟に受ける。
クロスした短剣の上から、装飾の凝った剣でジンの防御ごと押しつぶさんと迫る。
「うおら!!」
指揮官の力に負けジンは吹き飛ばされるが、空中で体勢を整え華麗に着地。
しかし距離を取らされたことに変わりはない。指揮官が新たな指示を飛ばすのに十分な時間を与えることになる。
「総員抜剣! 応戦せよ!!」
それだけではあったが、テレンスやアンドレの攻撃を盾で防ぎつつ、すぐに交戦を始めた。
親衛隊のほとんどがテレンスとアンドレに向かうが、何人かは指揮官とともにジンの方を向く。
テレンス側とジン側、親衛隊が2つの場所で戦闘を始めようとしていた。
が、ジンはまたしてもここでため息をつく。
それだけで、指揮官を始め何人かの親衛隊が反射的に振り向いた。
振り向いた者だけが感じることができたのは、魔力の塊。
そう、彼らは集団戦で最も見落としてはならない人間を見落としてしまっていたのだ。
「まあよくできました、ってところかな」
「“サイクロン”!」
部屋の外から聞こえる言霊が、ただの魔力の塊を無数の風の刃に変える。
重装備の親衛隊たちが、次々と吹き飛ばされていくのは壮観とも言える光景だった。
そうして魔法が過ぎ去った後には、膝をついて起き上がれない面々。そいつらを、主にアンドレが切り裂いていく。
あっという間に動ける部下の数が減っていくのを、わなわなと見つめる指揮官。それでいながら正面のジンへの警戒を解かないのはある意味流石だとも言える。
「ば、ばかな……この威力、あのお方にも引けを取らないではないか……」
あのお方、というのが誰かは語るまでもないが……ここは少し含んだ言葉で返しておこうと思い、ジンは口を開いた。
「ま、そういうことだよ。っと!!」
「くっ!」
指揮官はジンの両手の短剣を、片手で構えた剣で受ける。押し込めるかと思ったそれは、2人の中央で止まる。
(こればっかりは仕方ないな……職業的に力で勝とうって方が無理か)
物理系の職業で最弱の物理攻撃力の盗賊は、多少レベルが上なだけでは騎士に敵わない。それが証明された形だ。
「やはり貴様盗賊か! 姿が見えた以上勝ち目は」
「“スモーク”」
「ぬぉ!?」
とはいえ、それだけで勝負が決まるなんてことはない。
ジンは鍔迫り合いで押し込めなかった時点で、貴重なMPを消費してでもこうすることは決めていた。
全ては短期決戦のためだ。
(手札に限りがあって、ステータスがこっちの方が低いんじゃしょうがないよな。それにしても情けない声だったなあ……)
そんなことを思ったが、ジンは手を緩めることなく流れるようにバックアタック、カウンターと積み重ね、最後に膝裏から短剣を押しこむ。
ゴリッ、と関節を突き抜ける感触とともに指揮官は倒れ伏し、そして“スモーク”が晴れる。
「な、なにが……」
「うん? まあ見ての通りだが、いや見ない方がお前のためかもしれないな」
「いや、まさか……ぁぁああああ!! 足がぁ!! い゛だい゛い゛い゛い゛ぃ゛!!!!」
そこまで言われて、ようやく指揮官は自分の膝がどうなっているか気がついたらしい。耳をつんざく絶叫が響き渡る。
(うん、やっぱり足の部位破壊……でいいのかはわからないけど対人でも有効みたいだな。俺も気をつけないと……)
ジンの“観察”上はまだ3/10だけHPは残っているが、指揮官の手や腰に武器はなく、起き上がる気配もない。これは勝ちと言っていいだろう。
ジンは短剣を引き抜くとそのまま指揮官の首にそれを押し当て、力強く叫ぶ。
「俺の勝ちだ!」
その言葉が自分でも大きく聞こえたかと思うと、その後に何本もの剣が落ちた。その者達はこれ以上戦うつもりはないのか、地面にへたり込んでいた。
それでも抵抗を続ける者は多くいたが、声を上げる前よりも明らかに技のキレが落ちたように見える。自分たちのリーダーが倒されたというショックはジンの想像以上に大きいようだ。
そしてそんな様子でアンドレたちに勝つのは無理だろうな、とジンは心の中で肩をすくめた。