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30 乾坤一擲

騎士(ナイト)のステータスなら一撃は耐えられると思っていたが……あれは想定以上だったな)


 アンドレと共にサンドワイバーンに迫る中ジンは、テレンスの“ラージシールド”を用いた防御術に舌を巻いていた。


 盾を斜めにして衝撃を一部流すという発想もさることながら、スキルの効果範囲を正しく理解して地面と壁に盾をめり込ませていたのも良かった。


 ダンジョンの壁は、それこそサンドワイバーンが全力で突進してもヒビ一つ入らないくらい硬い。試したことはないが、床も同様だろうとジンは予測している。


 であればそれらに魔法的な力でめり込ませるように盾を展開すれば、上からも下からも()()()()()心配がほとんどない。


 そのお陰で、テレンスはジンの想定の半分未満しかダメージを受けていないだろう。


(2人の参戦は予想外だし、あのメモを説明するには“図鑑”関係を隠すのは難しいが……命あってのなんとやらとも言うらしいしな)


 ジンのメモに書かれていたのは、この戦況をひっくり返す魔法。

 そして取得レベルが高すぎるため、この世界で使える人間はまずいないであろう魔法だ。


 エルフで魔法使い(メイジ)のソルという紙耐久の人物が逃げ場のないボス部屋にいる以上、全員が生き残る可能性が高いのは短期決戦であり、それを成すためには現状その魔法に頼らざるを得ない。


 元々別件で準備していたものであるが、ここで役立つとはジンも思っていなかった。


『さて、敵はまだ元気だぞ。先程の光の玉はもう無いのか?』

「あれが最初で最後だ。市場にもあれしか在庫がなかったから仕方ないんだが……合成くらい解禁してもらいたいもんだな」


 ジンがここにはいない誰かへの愚痴を小声で呟いていると、サンドワイバーンの目が、テレンスではなくジンを向いていた。


 どう判別したのかは知らないが、あの光がジンの道具によるものと気が付いたらしい。


「グォォォォォォォォン!!」


 再び浮いたまま上を向くという、魔法の準備姿勢をとるサンドワイバーン。さっきの顔の向きから狙いはジン自身だと考えているが、後方のテレンスを見て考えを少し改める。


(この位置なら大丈夫だが、もしテレンスが俺の真後ろなら……今!!)


 左にダッシュしたジンの右側を、人の頭ほどの石が通り過ぎていった。

 サンドワイバーンが用いるもう1つの魔法、“ロックショット”だ。それが壁にぶつかってすぐに、サンドワイバーンはもう一度天に向かって吠えた。


(とりあえず1発は回避……まだこっちを狙ってるみたいだ。マルチのヘイト管理とか、アンドレと2人でなら慣れてきたとこなんだけどな!!)


 ジンはEWOにおいて、そこそこ上位のソロプレイヤーだったと自負している。アイテム関連の知識は当然のこと、戦い方や育成方針について某情報掲示板に取り上げられたこともあるくらいだ。


 だが逆に、プレイヤー間の協力プレイ——所謂マルチプレイに関しては、足を引っ張らないで立ち回るのが精一杯だと考えている。


 今のままでこのイレギュラーは正直堪えるな……そう思いながらも口角が上を向いていることに気がついていたのは、隣に立つアンドレだけだった。




 それから数十秒。戦いはサンドワイバーンが終始優勢ながらもソルへの攻撃を徹底的に妨害した。


 ジンは時に回避しつつ、時にアンドレと共にソルの盾となった。


 アンドレも何度もボスの体表を叩いてくれた。ジンの“観察”にも、少なくないダメージを与えていることがわかっていた。


 そして今サンドワイバーンは、テレンスに3度目の突撃を試みている。


「“ラージシールド”! “シールドバッシュ”!!」


 騎士(ナイト)が覚えるスキルの中でもかなりMPを使う組み合わせだが、サンドワイバーンの巨体にも効果があることはないが2度目の突撃で実証済み。


 “ラージシールド”とテレンス自身の防御術により勢いが完全に殺された瞬間、轟音と共にワイバーンの巨体が後退する。


 “シールドバッシュ”は威力を犠牲に吹き飛ばし力を特化させたスキル。力や体格に開きがあればその分より遠くに相手を追いやることもできるが、今はせいぜいワイバーンにとっての2、3歩を後退させるのが限界だった。


(次は引き受ける!)


 ジンは目でテレンスに合図をし、もう残り少なくなった回復薬を投げ渡す。テレンスがどう受け取ったかまで見る余裕はなく、次の行動を起こした。


「“ポイズンナイフ”! “ダブルダガー”!」


 ジンの短剣に、紫と白の光が纏わりつく。狙うは序盤に吹き飛ばされた足だ。


「ギェェエ!!」


 2連撃が毒属性を持って襲いかかる。もちろんワイバーンも序盤と同じく、痛みの反射でジンを蹴り飛ばそうとする。


(うまくいってくれよ!!)


 祈りながら、ジンは自分とワイバーンの足の間にもう片手の短剣を割り込ませる。

 相手が高速で迫ってくるため、勢いはつけずほんの僅かにワイバーンに向かって腕を伸ばすだけに留めた。

 以前ビッグバードは、痛みに暴れている中でも“カウンター”を発動させていたと思われる。それと同じなら、“カウンター”が適用されて然るべき。

 ただし、生物学的な意味での反射運動に関して検証したことはなかった。


(あ。手応えない——)


 結果として右手とほとんど同じような手応えしか感じられなかったジンは、やはり衝撃と共に吹き飛ばされる。

 壁までは遠かったのか、今度は地面に何度も体を叩きつけられた。


 しかし“カウンター”に関してはあくまでもついで。本命は今この瞬間だけ、唯一地面に着いている片足。

 そこに最大火力の一撃を仕掛ければどうなるか。


(頼むぞ、アンドレ)


『“強化斬撃”!』


「グエアアア!!?」


 これにはサンドワイバーンもたまらず体制を崩し、地面に倒れこんだ。

 燃費は最悪の“魔力変換”と“強化斬撃”の組み合わせでやっとできた大きなチャンスに、アンドレが剣を止める理由はない。


『狙い放題だ、の!!』


 ジンと同じく武器2本持ちとなったアンドレが、舞うように襲いかかり岩の体を次々と撫で切りにしていく。

 ワイバーンはあまりダメージを感じていないようだが、一撃一撃の威力は少なくとも、手数を重ねればいつかは倒れる。


 これが、ジンとアンドレが()()やろうとしていたボスの攻略方法だ。


「グェェェアア!!!」


 サンドワイバーンは余裕の態度で立ち上がり、アンドレに向き直る。


(いい感じにソルたちからヘイトを分散できてる……このままなら問題は?!)


 突撃、魔法。アンドレとジンはそのどちらが来ても問題ない体勢であったが、サンドワイバーンはここに来て初見の行動をしてきた。


 地面に降り立ち、前足と翼の爪で地面を掴んだのだ。

 その姿勢のまま体が震えているのは、力を溜めているように見える。


『あれは?!』

「まだ“クエイク”のラインには遠いだろ!! しかも——」


 ジンの顔から一気に冷や汗が流れる。


 サンドワイバーンの“クエイク”の発動までの時間は6.5秒。その間に効果範囲外まで逃げるか、妨害をしなければ手痛いダメージを受ける。

 逆説的に、HPが全快なら死ぬことはない。それはここにいる全員に共通している。


 問題はジンの視線の先、クエイクの効果範囲内に含まれているであろうソルだ。


(ここでクエイクなんて受けたらまず詠唱はキャンセル。切り札の閃光弾はさっき使った……ならやるしかないな!!)


『ジン!?』


 アンドレの制止の声を振り切り、ジンはサンドワイバーンへと瞬く間に迫った。


「“ポイズンナイフ”! “ダブルダガー”!!!」


 先程と同じ攻撃を、今度は両手の短剣で行う。今ジンにできる全力の攻撃だ。

 しかし、その耐久力は嫌というほどわからせられている。


(声もあげないってよっぽど覚悟決まってるなあオイ! せめて動いてくれよ!)


「“ポイズンナイフ”! “ダブルダガー”!!!」


 心で気焔を吐いても、今のジンにできることはこれだけだ。高速の連撃を1点に打ちつける。


 これが功を奏したのかはわからない。一瞬だけサンドワイバーンがジンに目を向けたかと思うと、魔法が発動する。


「ギャオオオオン!!!」

「“風神霊の領域”!!!」


(——ああ、よかった間に合った)


 “クエイク”の強烈なダメージをジンが受ける中、ソルの魂からの叫びと共に魔法の効果で辺りの様子が一変する。


 洞窟の中で轟々と、台風のような強い風が吹き荒れ始めたのだ。


 ボス部屋を微かに揺らすほど強いはずのその風は、しかしジンの髪の一本すら動かすことがない。

 この魔法はこんな感じなのかと感動するジンをよそに、風の影響を十二分に受けている者もいる。


「グ、グ、グォォオ?」


 他でもないこの部屋のボス、サンドワイバーンだ。


 先程までの元気の良さは全くなくなり、己の体や部屋中を眺め、そしてソルに視線を固定した。


(そうだよな。訳のわからんデバフをかけられたら、その術者へのヘイトはすごいよな? だが、その方向にだけは顔を向けちゃダメだ)


 自分の能力を大きく落とした相手を野放しにするほど、サンドワイバーンの頭は悪くない。

 

 ——が、人間というのはもっと知恵が回る。


『ハッ!!』


 ソルを真っ直ぐに見据えたということは、ちょうど反対側に立っていたアンドレから完全に意識を逸らすことになる。


 アンドレも風の影響が無く、先程までと全く同じ動きでサンドワイバーンの隙だらけの尾を切り裂いた。


 血飛沫が舞う。先程までの攻撃とは明らかに違う手応えに、アンドレが戸惑った。


「ギャオオオオ!?」

『む? こんなにあっさり斬れるものか。尾は初めて狙ったはずだが……』

「ああ……それがこの魔法の効果。地属性のキャラに絶大なデバフ、つまり弱体化だ」


 息も絶え絶えにサンドワイバーンの懐から抜け出したジンは、残り少ない回復薬をあおりながらアンドレに答えた。



 “テンペストフィールド”はエルフの()上位種、ノーブルエルフが取得する魔法。


 消費MPは相当なもので、普通に使うにもMPが70必要。これは最上位の攻撃魔法が軒並み40台であることを考えると、なかなかの量だとわかるだろう。


 加えて現在ただのエルフであるソルが“風の祝福の杖”を使った場合……取得レベル差も相まって消費MPはなんと170。現在のソルの全MPの9割近くを持っていく文字通りの大魔法と化すが、その効果も並のものではない。


 効果は風属性キャラの全能力バフと、地属性キャラの全能力デバフ、という単純なものだが色々と特殊な点がある。


 まず、バフとデバフの量。それぞれ30%の能力変化を起こす。

 これは、同じ能力の風属性キャラと地属性キャラがいた場合、たった1つの魔法で能力におよそ2倍の差を付けることになる。


 次に、効果範囲。EWOにおいては術者を中心とした半径1.5キロメートルがこの魔法の範囲となる。

 現在部屋の端に居るソルからでも、今いるボス部屋全体が効果範囲にすっぽりと埋まる程には広い。


 最後に、効果の対象。

 これは“フィールド魔法”に分類され、敵味方関係なく影響を及ぼす。しかも、フィールド魔法は無効系のスキルや装備を無視できる性質を持っている。つまり、“デバフ無効”のようなスキルや装備を持っていても問題なく能力変化が適用される。



「ソル! テレンス! よくやってくれた!! あとは任せておけ!」


 これさえ発動できれば、能力値的にはせいぜい魔法をたまに使うロックビーストという感じだ。


 ロックビーストはレベリングをする前のジンとアンドレでも問題なく倒せた相手。

 それを制することは造作もなかった。

次は待ちに待った図鑑報酬!

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