1-9 怠け者の国
一行はレサジア国のサファテという町に来ていた。ジュリアンたちは魔王城まで行った経験があるから、一番近い町まで転移で来られた。町からでもおぼろげに魔王城が見える距離だった。
フォルステール国内の石造りの街並みと比べると幾分見劣りするが、それでも賑やかな木造の街並みだった。西部劇に出てくるような町に似ている。
通りではトロールのような大型からピクシーなどの小型まで、さまざまなモンスターが行き交っていた。徘徊しているわけではなく、きちんと使役されているようだ。
物珍しそうに見ている陽平にマデリンが言う。
「驚いた? この国の人間はほとんど働かないの。あらゆる業種をモンスターや亜人がカバーしてて、人間は遊んで暮らしているわ」
木材を大量に担いだミノタウロスが向こうから歩いてきたが、脇に寄って道を譲ってくれた。それだけでなく、ペコリと会釈までしていった。
「大したもんだな。人間様優先ってわけだ」
町で一番上等な宿にチェックインすると、ジュリアンが少し神妙な顔をした。
「もしかしたらですが……いや、結構な確率で人生最後の夜になるかもしれません。今晩は各自自由行動にするので、気が済むように過ごしてください」
マデリンはクスクス笑う。
「相変わらず臆病なのね、考え過ぎてしまうのよ、あなたは」
マデリンがジュリアンの頭をヨシヨシといって撫でると、ジュリアンはマデリンの背中に手を回して抱きつき、ふくよかな谷間に顔をうずめた。
「エッチなお店に行ってこないの?」
「……姉上がいい」
「仕方のない子ね。行きましょう」
「は、はい!? なんだいまの!?」
いきなりしっぽりと部屋に消えてしまった姉弟に陽平は目を白黒させた。
「あら、ご存知なかったんですね。お二人は血のつながらない姉弟で、大変仲がおよろしいので」
ジュリアンは国王と二番目の王妃の子で、マデリンは三番目の王妃の連れ子なので血縁関係ではないのだという。
最初の王妃と二番目の王妃はすでに亡くなっているそうだ。
「陽平さんはエッチなお店に行ってこないんですか?」
ギクっと固まって目が泳ぐ陽平。
「そそそ、そんなところ、行くわけないじゃん、なな、何言ってんの、ロッテちゃん。僕は紳士だよ、いやだなぁ、はっはっは~」
ロッテは小首を傾げる。
「私が知る限り、紳士の皆さんほどお盛んなようですが……もしかして、陽平さんってバージンなんですか?」
目を真ん丸にする陽平。
「ばば、ばーじんてあなた、どどど、童貞ちゃうわ! そんなわけ、僕四十やで! あーびっくりしたー」
謎の関西弁が出るほど動揺する陽平。
「そうなんですか。大人ですもんね。私はホムンクルスなので、そちらのほうは疎いのですが……」
ロッテの顔がみるみる紅潮し、目にウルウルと涙を浮かべている。
「陽平さんもバージンだったら、もしもに備えて一緒に体験しておいてもいいのかなって。でも、バージンじゃないなら私ごとき人造メイドのちょっとした好奇心に付き合っていただくわけにもいきませんので、やっぱりなんでもないです! ……ああ、私ったらなんてはしたないことを! もう寝ます! おやすみなさい!」
加減を誤って何ヵ所か床を踏み抜きながら部屋に逃げ込んでしまった。
陽平は心臓が口から飛び出しそうになりながら、魔法で床を修復した。
酒場のカウンターできついバーボンをロックであおる陽平。
「……やれやれ、女の子に恥をかかせちまったな。ヤキが回ったもんだぜ」
などとイキったセリフをつぶやいてみたところで覆水は盆に返らない。
見栄を張らずに実は童貞ですと白状していれば今頃十九歳の可愛い子ちゃんと、ベッドの中であんなことやこんなことを試していたのだろうか。
人生最後かもしれない夜に最大級の後悔を残すことになろうとは。
「人生に『たら・れば』は無いってね……マスター、もう一杯だ」
いい感じに酔っぱらって渋いおっさんごっこをしていると、若い娘が横に座った。
「おじさん残念だったねー。さっきの全部見てたよー」
キャミソールにショートパンツのギャル風の娘だった。二十歳前後に見える。生意気そうな目と八重歯が魅力的な可愛い娘だ。
「……そうなのさ~、聞いておくれよ~」
悔しくて悔しくてたまらなかった思いを一気にぶちまけると、ギャルはカラカラと小気味よく笑った。
「じゃあさ、あたしとする? もう収まりつかないっしょ?」
ギャルは陽平の股間を無造作につかんだ。
「え? いいの? マジで?」
ギャルの体をまじまじと見てしまう。細くくびれているのに胸とお尻はなかなかのものだ。ほどよく日焼けした太ももに至っては、破裂寸前まであぶったウィンナーみたいにムチムチジューシーなエロスを感じさせる。
「まあ、タダじゃないけど経験しときなって。優しくしてあげるからさ」
有料だってこんなエロ可愛い子は滅多に当たらないだろうと思えた。
酔いも手伝って陽平は決断した。今夜大人になるのだと。