5-1 エピローグ
大魔王討伐から一息ついた神域。門の外から崩壊した世界を眺めている。
「本当にいいのですか? 私のしでかしたことのために……」
ジュリアンは目を伏せる。
「それは彼等のロクでもない実験のせいだし、彼等自身が殺めた人々も大勢いるのよ。気にしないで」
娘姿のプロ子はジュリアンの肩をポンポンと叩く。
プロ子のレベルを魔力に変えて一世一代の大魔法を使い、三王子によって殺された人々や街などを全て復活させるというのだ。
「被害に遭った人達は兄さんを許してくれるでしょうか?」
心配そうなロッテ。
「その辺は上手く記憶を改ざんしておくから大丈夫」
女神の一世一代は伊達じゃないようだ。
プロ子はウィンクしながら小ぶりの杖を出した。
神域の縁に立って、聞いたことのない言葉で長い長い詠唱をする。
「戻っておいで、私の子ども達」
プロ子の魔力が円形の波紋になって、世界に向けて広がっていく。ゆるゆると暖かで心地よい波紋はしばらくの間繰り返された。
プロ子はへなへなと座り込んで、そばにいたジュリアンに支えられる。
「普通、レベル1の大人なんていないから、立ってられなくなっちゃった」
人々の記憶は改ざんされ、すべての悪事は暴君として有名だったジェイコブの仕業とされた。娘のロッテにとばっちりが行かぬよう、オスカーはジェイコブと戦って立派に戦死したことになった。
ロッテはオスカーの娘として認知され、シャーロッテ・ラ・サリヴァン・ド・フォルスタン王女となった。改名にあたってミアの旧姓ラ・サリヴァンも名乗ることをロッテが強く希望したのだ。
可愛らしいプリンセスはたちまち国民の人気の的になり、メイドからプリンセスになったシンデレラストーリーとして話題をさらった。
一週間ほど経った魔王城。
晴天の空の下、前庭でパーティーが行われていた。
アメリアが国王夫妻と談笑している。
「魔王城って名前をやめて、陽平城か三橋城にしようって言ったんだけど嫌だってさ。だから、ヴォイドフォリア城にすることになったんだ」
相変わらず陽平はアメリアの城に居候しているのだが、
「婿殿にはディオスマール公爵領を継いでもらわねばならんからのう。あまりあちこちで城主になられても困るわい」
ロッテが直接公爵位を継ぐことも可能だが、それにしても結婚はしている必要があるという。ロッテは陽平以外と結婚するぐらいなら地球に家出すると言って聞かないようだ。
別のテーブルでは楓恋とロッテが果実酒片手に語らっていた。その周囲をシャーロッテ姫とお近づきになりたい者や、美人メイドをナンパしたい貴族男子などが虎視眈々と狙っていた。
ロッテは青を基調としたドレスを着ている。肩を大きく露出した派手めのパーティードレスである。
楓恋は相変わらず、鬼原からもらって複製したメイド服を着ている。
「本当によかったんですか? 爵位も領地も断っちゃうなんて」
楓恋もまた、ジェイコブを葬った女傑として褒美をもらえたはずの立場なのである。
「イエス、ユアハイネス」
「もう、それやめてください。楓恋さんも巻き添え食って貴族にされちゃえばよかったのに」
同席して飲んでる時点でまともな主従関係でないことは明らかだが、楓恋はメイド長としてディオスマール城に住み込むことになった。
「ロッテの城のメイドをやりながら陽平さんとの仲を見守りつつ、私も陽平さんとイケナイ恋をする。メイドと領主の禁断の恋。一度はやってみたいシチュエーションでしょ?」
「妻である私に堂々と言って、どこが禁断なんですか」
「あら、妻と言い切ったわね。英雄殿は承諾したの?」
ロッテは左手薬指に輝く婚約指輪を見せた。
「何とか追い込みました。でも陽平さんは特例で重婚が許可されたから、どうなることか……頭が痛いです」
王家は可愛いロッテのためや王家の人気回復のためもあって、ロッテと英雄をくっつけようとしている。陽平はガイアとすでに婚約状態であることを白状したところ、半神の特例として重婚が許可されてしまったのだ。
「まあ、ヘラクレスの生まれ変わりと言われたらしょうがないわね。独り占めしようとしないほうが身のためよ」
楓恋は左手を出して見せる。そこには婚約指輪が光っていた。
「私のほうは楽勝だったけど、やっぱりプリンセスをもらうのは荷が重かったか」
「ああ、ここにも早速ライバルが……」
やけっぱちでグラスを煽るプリンセスだった。
陽平はジュリアン夫妻と飲んでいた。
「ギルドマスターのところに希少なジェムビーストの討伐依頼がきてるんだ。楓恋とロッテにちゃんとした婚約指輪を贈りたいから、手伝ってもらえないかな?」
ジュリアンは快諾する。
「陽平さんの頼みならいつだって。それにしても、難儀な体質になったものですね」
戦闘態勢に入るとレベルダウンしていく体質のため、一回の戦闘で済む用事には強いが探検に向かないのだ。
「アメリアにも頼んであるから、せめてビースト戦は俺に任せてくれ」
妊娠中でジュースを飲んでいるマデリンは言う。
「婚約指輪って着けてる期間が短いし、そんなに頑張る必要あるの?」
「まあでも、ケジメってことで」
「ふーん。でも、あんまり婚約者ばっかり増やしちゃだめよ? 一夫多妻って結構難しいみたいだから」
「分かってますって」
安請け合いする陽平だったが、
「言ってるそばから、その子も婚約者じゃないの? 刺されるわよ」
背後に短剣を腰だめに構えたガイアが立っていた。
今にも泣きだしそうな顔をして、か細い声でブツブツ言っている。
「……ねえ陽平クン、どうして帰ってきてくれないの? あたし半年以上待ったよ? あたしのこと嫌いになったの?」
別のテーブルにいたプロ子が転移してきた。
「姉さん、落ち着いて。こちらではまだ一週間しか経ってないのよ。興奮冷めやらぬ状況で、ちょっと忘れてただけよ、ねえ、陽平君?」
たしかに、戦勝パレードやらギルドへの報告会やら公式な謁見やらとイベントが目白押しで忙しかったのである。
ざわついたテーブルに見物人が集まってくる。
ロッテと楓恋も合流した。
ロッテは陽平をジロリと睨む。
「すっごい可愛い人ですね。どなたですか?」
「この子は地球の女神でガイアたん……」
陽平が言うや否やガイアはまくしたてる。
「陽平クンのフィアンセです……そうだよね? 約束したよね? なのにどうしてあたしのこと思い出してくれないの? 楓恋ちゃんやロッテちゃんには特別な指輪をあげる計画をしてて、あたしにプロポーズしに帰ってこないのはどうして?」
激重ヤンデレ娘と化したガイアをプロ子と二人でなだめる陽平だったが、
「ねえ陽平クン、南極に帰ろう? あたしのこと忘れちゃうぐらいならもう南極に幽閉して……ウフ……ウフフフ……」
陽平は脳内で独り言を言う。
「――やっべえ、ガイアたんのことはもう奥さんみたいに思っちゃってたぜ。そういえばまだ結婚してなかったんだっけ。ガイアたんには一番いい指輪を贈らなきゃな!」
途端にガイアは恋する乙女の顔になった。
「ホントにホント? 神様に嘘つけないよ? じゃあ、こっちで言う一時間に一回は必ず帰ってきてね?」
「一時間に一回戻ってたら何も行動できないよ。それにプロ子さんにも迷惑が……」
「じゃあやっぱり陽平クンも南極に住んで、たまにこっちに遊びにくることにしよう?」
見かねたプロ子が提案する。
「姉さん、担当替わりましょうか? もうこっちに住めば?」
ガイアは目をキラキラさせてプロ子に抱きつく。
「いいの!? じゃあ早速パパに申請してくるね!」
ガイアはさっさと転移していった。
「凄いライバルがもう一人……やってられないです」
ロッテはまたグラスを煽る。
「そういう飲み方しちゃだめだよ……ロッテちゃん?」
「うっさい、浮気者!」
楓恋はアメリアと何やら相談している。
「陽平さんって女子高生の格好が好きなのかしら? 私もちょっと若返って着てみるべきでしょうか?」
「いいかもね。着てみたいから、あたしの分も作ってよ」
アメリアは物のついでのように陽平に言う。
「そういえば、あたしも陽平の子を産むからよろしく! 三人ぐらいほしいな!」
「え、だっておまえ……なんで?」
陽平の手を握って珍しく照れたような顔をする。
「最初に会ったときにぶん殴られてキュンときちゃったんだ。あたしより強い男がやっと現れたってね」
「殴られてキュンってマゾかよ」
「案外そうかもね。今晩イジメてみる?」
ロッテが据わった眼をして抗議する。
「横入りはだめです! 参加するならアメリアさんは明後日にしてください!」
「横入りとか参加とか、順番こか!?」
楓恋も悪乗りする。
「じゃあ、みんないっぺんに可愛がってくれますか?」
「そうですね~それなら毎日仲良くできます~」
酔って賛同するロッテに大慌ての陽平。
「プリンセスがそういう、はしたないこと言わない!」
マデリンはやれやれと両手を上げる。
「ね、奥さんいっぱいもらうのも楽じゃないでしょ?」
「はい……勉強になります」
――部屋で座って悟った気になっていた頃とは大違いの日常。結婚したり子どもができれば責任もあるし、いいことばかりではないだろう。だけど、陽平の人生は確かに動き始めた。それは俗っぽくて泥臭いことなのかもしれない。でも、それがいい。
陽平の人生は、まだ始まったばかりだ!




